新ブログサイト『神宮巡々2』開設のお知らせ

本ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々2』を新設しました。
2014年以降の記録は、『神宮巡々2』をご覧ください。

 2014年01月01日 【キタヰ】こと、桝屋善則

倭姫宮、神宮徴古館ほか

2010年05月15日(土)  倭姫宮、神宮徴古館ほか (自転車)

今日は前回社殿の向きを測り忘れた倭姫宮へ参拝し、神宮徴古館を見学することにした。

倭姫宮

倭姫宮

この時期は枯葉が多いので、清掃も大変だ。

倭姫宮

倭姫宮

例大祭の賑わいは嘘のように思える。私一人である。ひとりの寂しさよりも独り占めできるうれしさがある。これも125社めぐりの醍醐味である。

倭姫宮

倭姫宮

社殿は完璧に南面している。

倭姫宮

倭姫宮

久しぶりの徴古館だ。わたしはなぜか特別参宮章を持っているので、提示するだけで無料で入れる。2016年まで利用できるのでたびたび訪問しよう。

神宮徴古館

神宮徴古館

神宮徴古館

神宮徴古館

神宮徴古館

神宮徴古館

伊勢二見鳥羽周遊バス(CANばす)が徴古館前を通過して行った。

神宮徴古館

神宮徴古館

伊勢二見鳥羽周遊バス(CANばす)

伊勢二見鳥羽周遊バス(CANばす)

この後、神宮徴古館に入り、1時間以上展示物に見入っていた。興味深い資料が多かったが、撮影できないので、次回スケッチブックを持参しようと思った。徴古館に長居してしまったため、農業館や神宮美術館は次回以降にした。

徴古館で他の展示等のパンフレットを見ていたら、皇學館大学に佐川記念神道博物館があることを知った。観覧料は無料である。是非行ってみよう。

徴古館を後にし、隠岡遺跡を見に行くために倭町へ向かった。坂を上ると左手に石標が目に入った。倭姫命御陵。

倭姫命御陵の石碑ほか

倭姫命御陵の石碑ほか

思わず、自転車を駐めて、坂を上った。

金比羅神社

金刀比羅神社

右手には、コンクリート柵のなかに宇治山田陵墓参考地と書かれた立札があった。ここが倭姫命の御陵だろう。そう言えばここは「倭」町だ。

宇治山田陵墓参考地

宇治山田陵墓参考地

直進すると鳥居の奥には金刀比羅神社がある。

金比羅神社

金刀比羅神社

金比羅神社

金刀比羅神社

金比羅神社

金刀比羅神社

金比羅神社

金刀比羅神社

神社の左隣には社務所があり、さらにその奥には子育て地蔵がある。

子育て地蔵尊

子育て地蔵尊

金刀比羅神社を後にして坂を下ってくると、ほぼ正面に、隠岡遺跡公園の看板は見える。

隠岡遺跡公園の案内標識

隠岡遺跡公園の案内標識

ここを右折し坂を上ると右手に竪穴式住居が見える。

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡

伊勢市街を見渡せる。市街を見渡すことはあまりないな。最近では朝熊山から見たぐらいかな。

隠岡遺跡

隠岡遺跡

隠岡遺跡で古代妄想してから、古市街道へと向かった。虎尾山へ行ってみようと間の山の坂を下った。

間の山(下り)

間の山(下り)

下り切ったところには、お杉とお玉の石碑があった。

間の山 お杉お玉 の石碑

間の山 お杉お玉 の石碑

このあと、映画「半分の月がのぼる空」で話題になった虎尾山(砲台山)を探したが見つけられなかった。次回は行き方を調べてから訪問しようと心に誓い、今日は退散した。

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