新ブログサイト『神宮巡々2』開設のお知らせ

本ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々2』を新設しました。
2014年以降の記録は、『神宮巡々2』をご覧ください。

 2014年01月01日 【キタヰ】こと、桝屋善則

伊勢市の石造遺物めぐり-その2(朝熊岳道)

2011年07月31日(日) 伊勢市の石造遺物めぐり-その2(朝熊岳道) (車、徒歩)

2011年07月16日(土)に 伊勢市の石造遺物めぐり-その1(朝熊岳道) で 朝熊岳道の石像遺物の多くを調べたが、再調査が必要なものと探し切れなかったものを求めて再度朝熊岳道を歩いた。

今日は10時頃から天気が崩れる予報がでていたので、5時半に自宅を出発し、5時55分に歩き始めた。

 

まずは朝熊岳道の登り口にある二十二町角柱町石(A2) 。

朝熊岳道の登り口

朝熊岳道の登り口

 

この角柱町石は「安永八年」と刻字された唯一の価値ある町石で、かつ、「是より 阿さま たけふ まて」と道標の機能も
有しているとのこと。 近世以前の土木遺産 の三重県、伊勢市のリストにて「神宮巡々」からの画像データを利用していただいている岡山大学大学院 馬場俊介 教授から再撮影のご依頼を受けた。朝熊岳道の石像遺物の再調査を計画していたので、この機会に再度撮影した。

二十二町角柱町石(A2)の裏面には、確かに「安永八年」の文字が読み取れる。

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

ただ、左側面を何度か撮影してみたが、「是より 阿さま たけふ まて」は?、目視でも???状態だった。(私の能力の問題か?)

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

とりあえず、2枚。

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

二十二町角柱町石(A2) - 朝熊岳道

 

この後、朝熊岳道を登ると十九町角柱町石(A43)の手前へ。書籍「市制80周年記念出版 伊勢市の石造遺物」のP.136には「自然状の石の祠内に無銘の地蔵が2体安置されている」とある。前回、これらの存在には気づいていなかったので、今回初めて対面した。

十九町角柱町石(A43)付近の石の祠 - 朝熊岳道

十九町角柱町石(A43)付近の石の祠 - 朝熊岳道

石の祠まで斜面を登り、祠内をパチリ。かなり暗いため、三脚を利用した。右が(A39)、左が(A40)だ。

十九町角柱町石(A43)手前石仏、右(A39)、左(A40) - 朝熊岳道

十九町角柱町石(A43)手前石仏、右(A39)、左(A40) - 朝熊岳道

ここから朝熊岳道を少し登ると十九町角柱町石(A43)がある。

十九町角柱町石(A43) - 朝熊岳道

十九町角柱町石(A43) - 朝熊岳道

 

さらに、登ると前回見落としてしまった二十一丁地蔵町石(A46)を見つけた。前回は下りだったので、木の幹の影に隠れていたのかも?

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

これが、二十一丁地蔵町石(A46)。

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

さらに、振り返ってもパチリ。 頭が割れて落ちている。どうしたらこんな事になるのだろう?

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

二十一丁地蔵町石(A46) - 朝熊岳道

 

この後は、朝熊峠まで登り、

朝熊峠から伊勢市内を望む - 朝熊岳道

朝熊峠から伊勢市内を望む - 朝熊岳道

朝熊峠から伊勢市内を望む - 朝熊岳道

朝熊峠から伊勢市内を望む - 朝熊岳道

前回の 伊勢市の石造遺物めぐり-その1(宇治岳道) の未調査部分(朝熊峠から金剛證寺まで)を調べるため、金剛證寺を目指した。

なお、今回、朝熊登山鉄道・ケーブルカー跡に興味を覚えた。その記事は別途。

 

【 20110731 の記録 】

 

 


なお、「伊勢市の石造遺物めぐり」シリーズの記録では伊勢市教育委員会が発行した 「市制80周年記念出版 伊勢市の石造遺物」を参考にめぐる予定なので、画像データの見出しには()内に本書籍内での管理番号を付与した。ただし、書籍内に該当する石造遺物が見当 たらない場合は(?)となっている。また、書籍に記載されているが、実際には見つけられなかったものについては別途まとめたいと思っている。


 

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