新ブログサイト『神宮巡々2』開設のお知らせ

本ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々2』を新設しました。
2014年以降の記録は、『神宮巡々2』をご覧ください。

 2014年01月01日 【キタヰ】こと、桝屋善則

『公慶上人坐像』に導かれて奈良へ

2013年10月05日(土) 『公慶上人坐像』に導かれて奈良へ (車、徒歩)

先日、朝日新聞の「探訪古き仏たち」の連載記事に『公慶上人坐像』を見かけた。特に喉仏が印象的でこれを見ずにはいられない衝動に襲われた。

探訪古き仏たち 公慶上人 東大寺・勧進所公慶堂(朝日新聞 2013年9月28日朝刊記事より引用)

探訪古き仏たち 公慶上人 東大寺・勧進所公慶堂(朝日新聞 2013年9月28日朝刊記事より引用)

公開されるのは4月12日と転害会(てがいえ)の10月5日の年二回だけ。

今日は外宮の遷御の日で諸祭が斎行されたが、『公慶上人坐像』に導かれるように奈良へ向かった。

ところで、転害会とは何だろう?

【参考】
奈良の観光ガイド『なら・観光ボランティアガイドの会“朱雀(すざく)”』 – 東大寺 転害会(てがいえ)
によると概要は次の通り。

東大寺の鎮守である手向山八幡宮の例祭で、転害門が祭礼の時に神輿遷座の門(お旅所)となることからその名をとって転害会と呼ばれるそうだ。

例祭では手向山八幡宮および転害門の二箇所で祭典が斎行されるとのことで二箇所を巡ってから『公慶上人坐像』が公開される東大寺勧進所を訪問した。

 

今回の奈良訪問は近鉄を利用せずに車を走らせることにした。カーナビに一般道優先で奈良公園を指定すると長野峠経由のルートが指示された。長野峠を越えてから国道25号に接近するが25号へ合流する指示が出ないので、ここからは勝手に25号へ乗り天理ICから奈良公園を目指した。

奈良公園付近へ到着すると奈良登大路北観光自動車駐車場に車を駐めた。一回1000円、時間を気にしなくてもいいが・・・。

本日の第一の目的は『公慶上人坐像』に対面することだが、転害会も体感したいのでまずは手向山八幡宮を目指した。

 

登大路地下歩道へのスロープを下ると

登大路地下歩道

登大路地下歩道

地下道の壁には平城京を描いた壁画。パノラマでパチリ。

登大路地下歩道

登大路地下歩道

 

地下歩道を抜けて東大寺を目指して進むと「名勝 奈良公園」の石柱、

「名勝 奈良公園」の石柱

「名勝 奈良公園」の石柱

その先では鹿が出迎えてくれた。

鹿が向かえてくれる東大寺への参道

鹿が向かえてくれる東大寺への参道

 

まだ早い(9時前)から参道を歩く人は数えられる程だった。

東大寺への参道

東大寺への参道

東大寺の南大門へ近づくとこの辺りにも多数の鹿。

東大寺南大門付近

東大寺南大門付近

 

南大門では金剛力士像を見学してから門をくぐった。

金剛力士(仁王)像(阿形)(東大寺南大門)

金剛力士(仁王)像(阿形)(東大寺南大門)

金剛力士(仁王)像(吽形)(東大寺南大門)

金剛力士(仁王)像(吽形)(東大寺南大門)

 

「明治天皇奈良行在所 東大寺東南院舊境内」の標石を過ぎると

「明治天皇奈良行在所 東大寺東南院舊境内」の標石

「明治天皇奈良行在所 東大寺東南院舊境内」の標石

右手に二月堂参詣道の道標がある。ここを進むと手向山八幡宮の参道へ出るそうなので東大寺方向ではなく、こちらへ折れた。

「二月堂参詣道」の道標(東大寺)

「二月堂参詣道」の道標(東大寺)

 

鏡池越しに東大寺の中門と大仏殿を望みながら進むと

二月堂参詣道から鏡池越しに望む中門と大仏殿(東大寺)

二月堂参詣道から鏡池越しに望む中門と大仏殿(東大寺)

結局は東回廊付近へ出た。(中門まで直進し、右折してもOK)

大仏殿の東回廊付近(東大寺)

大仏殿の東回廊付近(東大寺)

 

ここからが手向山八幡宮(社標には「手向山神社」とある。)の参道。

「手向山神社」の社標と鳥居

「手向山神社」の社標と鳥居

ここから参道を歩き、手向山八幡宮へ向かった。

手向山八幡宮およびそこで斎行された手害会の様子は別の記事にまとめる。

【参考】

 

転害会の拝観を終えて北側の門から出ると次の祭典が斎行される手害門を目指した。(転害門での祭典は早朝の雨のために中止が決定されていたが、そのことを知らない私は急いで転害門へ向かった。)

 

「二月堂西国三十三所順拝口」および「東大寺不動堂参詣道」の道標を右手に見ながら

「二月堂西国三十三所順拝口」および「東大寺不動堂参詣道」の道標

「二月堂西国三十三所順拝口」および「東大寺不動堂参詣道」の道標

 

法華堂(三月堂)を左へ回り込むように進んだ。

法華堂(三月堂)(東大寺)

法華堂(三月堂)(東大寺)

法華堂(三月堂)の説明板(東大寺)

法華堂(三月堂)の説明板(東大寺)

 

すると右手に法華堂、

法華堂(三月堂)(東大寺)

法華堂(三月堂)(東大寺)

左手には三昧堂(四月堂)、

三昧堂(四月堂)(東大寺)

三昧堂(四月堂)(東大寺)

 

その間の広い空間を進むと右手に二月堂の手水所。二月堂の手水所は他にも二箇所あるそうだ。

二月堂の手水所のひとつ(東大寺)

二月堂の手水所のひとつ(東大寺)

ここで印象的だったのは、この黒板。十一面観音菩薩の絵まで描かれている。

二月堂の手水所にある黒板(東大寺)

二月堂の手水所にある黒板(東大寺)

 

さらに進むと大きな常夜燈が三基、

二月堂の常夜燈(東大寺)

二月堂の常夜燈(東大寺)

 

その先には「お水取り」で有名な二月堂。

興成神社と二月堂(東大寺)

興成神社と二月堂(東大寺)

記憶のなかでは初めての訪問だ。写真は映像でしが見たことがなかったので、この見上げる感覚がいい。お水取りで松明が焚かれる様子を体感して見たいものだ。

 

良弁(ろうべん)杉と呼ばれる杉の隣には小社が祭られている。それは興成神社。

興成神社(東大寺)

興成神社(東大寺)

次の説明版が掲げられていた。

興成神社の説明板(東大寺)

興成神社の説明板(東大寺)

ちなみに良弁杉については次のサイトが詳しい。

【参考】

 

さらに、良弁杉と興成神社の前には次の建物がある。閼伽井屋。

閼伽井屋(東大寺)

閼伽井屋(東大寺)

閼伽井屋の中には井戸があり、「お水取り」では本尊である十一面観世音菩薩にお供えする御香水を汲むそうだ。

閼伽井屋の説明板(東大寺)

閼伽井屋の説明板(東大寺)

 

閼伽井屋を過ぎてさらに進むと二月堂の石段回廊下付近へ出る。

二月堂の石段回廊下付近(東大寺)

二月堂の石段回廊下付近(東大寺)

 

閼伽井屋の方向へ振り返ってからパノラマ。

二月堂の石段回廊下付近(東大寺)

二月堂の石段回廊下付近(東大寺)

パノラマ写真の右手に写っている道標がこちらで「左 大佛殿道」とある。

「左大佛殿道」の道標

「左大佛殿道」の道標

 

ここでは、「右」を選択して石畳の坂道を下った。右手には民家が並んでいる?

二月堂の石段回廊下から続く下りの坂道

二月堂の石段回廊下から続く下りの坂道

坂道をさらに下ると左手の塀が切れて、稲刈りを待っている田んぼが現れた。

二月堂の石段回廊下から続く下りの坂道の途中

二月堂の石段回廊下から続く下りの坂道の途中

 

ここから先へ進むと東大寺大仏殿(金堂)の裏手に出た。裏の門付近からパチリ。

大仏殿の北側(東大寺)

大仏殿の北側(東大寺)

 

転害門へ急いでいると言いながらも寄り道が多かったので、ここからは急ぎ足。

整備工事に伴い,現在は正倉外構の公開が停止されている正倉院の山門前を通過した。

正倉院の山門(東大寺)

正倉院の山門(東大寺)

 

鹿の姿が散在する大仏池(二ツ池)を左手に見ながら

大仏池(二ツ池)(東大寺)

大仏池(二ツ池)(東大寺)

突き当たりを右折した。

大仏池(二ツ池)の角(東大寺)

大仏池(二ツ池)の角(東大寺)

 

坂道を下るとこの分岐に出るので、道なりに左方向へ進むと

転害門への丁字路(東大寺)

転害門への丁字路(東大寺)

その先にあるのが転害門だ。

転害門(東大寺)

転害門(東大寺)

転害門についても別の記録にまとめる。

【参考】

 

 

転害門を後にすると先ほどの分岐へ戻った。ここからが本日の第一目的である『公慶上人坐像』との対面。特別開扉される公慶堂がある勧進所へ向かうため来た道を戻ると

転害門の道標付近(東大寺)

転害門の道標付近(東大寺)

今度も大仏池(二ツ池)を左手に見るように進んだ。

大仏池(二ツ池)付近(東大寺)

大仏池(二ツ池)付近(東大寺)

池の隅にはこんな道路標識。奈良らしい標識だ。

大仏池(二ツ池)付近の交通標識『鹿の飛び出し注意』(東大寺)

大仏池(二ツ池)付近の交通標識『鹿の飛び出し注意』(東大寺)

 

大仏池(二ツ池)越しに大仏殿をパチリ。

大仏池(二ツ池)越しに望む大仏殿(東大寺)

大仏池(二ツ池)越しに望む大仏殿(東大寺)

次の丁字路を左折した。

「正倉院」「東大寺」、「転害門」の道標

「正倉院」「東大寺」、「転害門」の道標

 

東大寺学園幼稚園の前を進むと右手に次の案内図があった。現在地と勧進所を確認すると次の通り、すぐ近くだ。

勧進所の配置図(東大寺)

勧進所の配置図(東大寺)

通り過ぎた角を曲がり、

勧進所の入り口へ(東大寺)

勧進所の入り口へ(東大寺)

勧進所へ近づいた。

勧進所の入り口へ(東大寺)

勧進所の入り口へ(東大寺)

ここでも勧進所での拝観に関する内容は別の記録にまとめる。

【参考】

 

『公慶上人坐像』等の拝観を終え、勧進所の門を出てしばらく歩いてから振り返ってパチリ。奥の赤色の門が勧進所の門だ。

勧進所の入り口付近(東大寺)

勧進所の入り口付近(東大寺)

 

転害門での祭典が中止になったのは残念だったが、これで今日の目的は果たした。後は駐車場へ戻り帰路につくだけだ。

勧進所から大仏殿へ続く階段を進もうとしたところ、左手に鳥居を発見。ここは手摺付きのスロープを歩かないと入れない。

勧進所から大仏殿への階段(東大寺)

勧進所から大仏殿への階段(東大寺)

そのため、敢えて左側にあるスロープを歩くとお参りした。子安神社だ。

子安神社の説明板(東大寺)

子安神社の説明板(東大寺)

 

スロープを上り切ると西廻廊に沿って南方向へ歩いた。この南西の角に大仏殿入堂口があった。奈良に来て、しかも東大寺に来て、大仏殿を拝観しない。なかなかないことだ。今日の目的は大仏殿ではなかったので敢えてお参りしなかった。

大仏殿入堂口(東大寺)

大仏殿入堂口(東大寺)

 

大仏殿入堂口から大仏殿の正面に位置する中門へ近づくと

中門付近(東大寺)

中門付近(東大寺)

その下にはお参りしている人がいた。

中門にて(東大寺)

中門にて(東大寺)

ここからでも柵の間から大仏殿が望めた。パチリ。

中門から望む大仏殿(東大寺)

中門から望む大仏殿(東大寺)

柵で手を固定してパチリ。立派な鴟尾(しび)だ。

大仏殿の鴟尾(東大寺)

大仏殿の鴟尾(東大寺)

 

そして、視線を大仏殿から門の両側へ向けると左右に兜跋毘沙門天、持国天が立っている。

兜跋毘沙門天、持国天(東大寺)

兜跋毘沙門天、持国天(東大寺)

兜跋毘沙門天(東大寺)

兜跋毘沙門天(東大寺)

持国天(東大寺)

持国天(東大寺)

 

中門を後にして参道を戻ると左手にある鏡池の脇に次の説明版があった。

天然記念物 東大寺鏡池 棲息ワタカの説明板付近

天然記念物 東大寺鏡池 棲息ワタカの説明板付近

こちら、このなかに聞いたことがある名前「ワタカ」。

天然記念物 東大寺鏡池 棲息ワタカの説明板

天然記念物 東大寺鏡池 棲息ワタカの説明板

それは、説明の中にもあるように石上神宮の鏡池でのことだ。こちら、

【参考】

 

また、斜め向かいには次の道標がある。五百立神社参道。

五百立神社参道の標石

五百立神社参道の標石

この道標から目の前に見えるのが五百立神社、

五百立神社(東大寺)

五百立神社(東大寺)

注連縄はこのように飾られるのだろうか?

五百立神社(東大寺)

五百立神社(東大寺)

五百立神社の説明板(東大寺)

五百立神社の説明板(東大寺)

 

さらに南大門の方向へ戻ると勧学院があり、

勧学院(東大寺)

勧学院(東大寺)

その前には月曜日から金曜日までの講義予定が掲示されていた。なんと聴講は無料!

勧学院講義の御案内。(東大寺)

勧学院講義の御案内。(東大寺)

 

右手には東大寺ミュージアム、

東大寺ミュージアム他(東大寺)

東大寺ミュージアム他(東大寺)

そして、その先は行きにくぐった南大門。帰りはじっくりと見学。

東大寺ミュージアムを後にしてから南大門へ向かう

東大寺ミュージアムを後にしてから南大門へ向かう

 

まず、西側の狛犬、

南大門の狛犬(東大寺)

南大門の狛犬(東大寺)

こちらが東側の狛犬。

南大門の狛犬(東大寺)

南大門の狛犬(東大寺)

柱はもちろん礎石も立派でそれぞれの形が異なる。

南大門の柱と礎石(東大寺)

南大門の柱と礎石(東大寺)

見上げるとこんな感じ。

南大門の柱ほか(東大寺)

南大門の柱ほか(東大寺)

柱も・・・。

南大門の柱(東大寺)

南大門の柱(東大寺)

 

南大門を後にしてさらに参道を戻ると「世界遺産 古都奈良の文化財 東大寺」の石碑の前で鹿と対面。一匹が近寄ってきた。

「世界遺産 古都奈良の文化財 東大寺」の石碑と鹿・。

「世界遺産 古都奈良の文化財 東大寺」の石碑と鹿・。

奈良ではこれが当たり前の光景なのだろう。

東大寺の参道、鹿とみやげもの屋

東大寺の参道、鹿とみやげもの屋

 

参道を出ると

東大寺への参道入口の交差点

東大寺への参道入口の交差点

氷室神社に立ち寄った。その様子は別の記録で。

【参考】

 

奈良国立博物館の前を通り、

奈良国立博物館のパノラマ

奈良国立博物館のパノラマ

駐車場へ向かった。奈良県庁東側交差点の角でパチリ。

春日大社第六十次式年遷宮の案内板と拍子神社

春日大社第六十次式年遷宮の案内板と拍子神社

拍子神社の脇には春日大社第六十次式年遷宮の案内板が立っていた。

平成二十七年、二十八年とある。

 

【 20131005 の記録 】

 

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