新ブログサイト『神宮巡々3』開設のお知らせ

『神宮巡々』、『神宮巡々2』ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々3』を新設しました。
2014年〜2017年の記録は『神宮巡々2』を、最新の記録は『神宮巡々3』をご覧ください。 ( 2017年12月31日 【キタヰ】こと、桝屋善則 )

五十鈴川めぐり

2010年04月17日(土) 五十鈴川めぐり(自転車)

本日は五十鈴川めぐりである。JR東海の125社マップを参考にめぐることを考慮し、JR五十鈴ヶ丘駅を起点とするため、まずは五十鈴ヶ丘駅を目指した。

JR五十鈴ケ丘駅

JR五十鈴ケ丘駅

ここは無人駅である。通学のためであろうか、多くの自転車が駐めてある。

最初は加努弥神社に参拝するため、駅を出て、左へ進む。遠くにホテルの建物の背面が見える。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

その先のトンネル(R23号線)をくぐり、さらに進む。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

左は住宅街(杜の宮)だ。ここもまっすぐ進み、この先蛇行はするものの道なりである。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

この突き当たりは左へ曲がっている。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

このY字路は右である。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

曲がるとこの風景になる。

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

JR五十鈴ケ丘駅から加努弥神社へ向かう

前回はここを通り過ぎてしまった。このカーブミラーで左を見ると、小さな杜が見える。ここを左折する。ここが加努弥神社(末社)である。

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

少し通り過ぎてから振り返るとこんな感じである。

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

社殿はない。前回は強風のために、この扉が全開となっており、御垣内に御座す石神さまに対面できた。今回はしっかりと閉ざされていた。

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

思わず、再度ご対面した。

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社 (かぬみじんじゃ) 皇大神宮 末社

加努弥神社 (かぬみじんじゃ)

加努弥神社をあとにして、鏡宮神社へと向かった。先ほど来た道をさらに進むと五十鈴川の堤防が見える。その先にこんもりとした小山が見えるが、これは朝熊神社の社叢である。

加努弥神社から鏡宮神社へ向かう

加努弥神社から鏡宮神社へ向かう

堤防までくると、朝熊神社(左奥)と鏡宮神社(右手前)の社叢が大きく見える。目の前に見えているが直線では五十鈴川を渡れないので、右手に見える堀割橋まで遠回りすることになる。

五十鈴川左岸から望む社叢(朝熊神社、鏡宮神社)

五十鈴川左岸から望む社叢(朝熊神社、鏡宮神社)

五十鈴川左岸堤防からの堀割橋

五十鈴川左岸堤防からの堀割橋

堀割橋を渡り五十鈴川右岸を折り返すとその先には鏡宮神社(末社)である。その手前にこの看板がある。以前、この小さな入江は川曳用のお木の貯木場であったそうだ。

木場

木場

ここが、鏡宮神社(末社)である。手前(五十鈴川)、奥(朝熊川)が流れ、周囲のほとんどが川に囲まれている。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

左手にある階段を下るとその先に社殿が見える。前回来た時よりも木々が茂っているように感じた。春の芽吹きのためか。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

これだけ低いと川面との高低差も少ないので、台風などで増水するとどこまで水が来るのだろう。なぜこの場所に神社を建てる必要があったのだろう?

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

ここでは、社殿を覆う木々はまったくない。フルオープンな状態だ。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

社殿はほぼ南面している。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

社殿の左手(西側)には小路があり奥へ進める。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

そこには、虎石と呼ばれる石がある。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

次は朝熊神社へ向かうが、鏡宮神社の階段を上がり社域を出ると、左手には細い橋が見える。

朝熊川にかかる細い橋

朝熊川にかかる細い橋

自転車でギリギリ通れるくらいの幅である。今日は風が強かったので少しフラつきながら渡った。

朝熊川にかかる細い橋

朝熊川にかかる細い橋

朝熊神社側から鏡宮神社を望むとこんな風に見える。完全に島に見える。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

石垣に付いた水跡から推測すると、虎石は満潮時には水没するだろう。

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ) 皇大神宮 末社

鏡宮神社 (かがみのみやじんじゃ)

ここが、朝熊神社(皇大神宮の第一の摂社)である。

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

石段を右に折れ、さらに登ると、頂上の左側に、

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

向かって左側が朝熊御前神社(摂社)、右側が朝熊神社(摂社)である。前回のめぐりで参拝順序を教えていただいたので、朝熊神社から参拝した。

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

こちらが朝熊神社、

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

こちらが、朝熊御前神社である。

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ)

ともに社殿は南よりもやや西を向いている。

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ)

何か異なる点はないのかとじっくりと見学していたところ、御垣の扉の横にある柱に相違点を発見した。柱の根本に注目すると、朝熊御前神社の柱の根本は木の台座が据えられている。なぜことなるのだろうか、これも調査テーマだ。なぜ、相違させる必要があるのか?また、朝熊御前神社の柱の根本にはどんな意味があるのか?

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊御前神社 (あさくまみまえじんじゃ)

朝熊御前神社の左側には次のような注意の立て札があった。三番目に「一.落書きはやめましょう」の一文があった。この注意書きは他の神社では見たことがなかったので少しショックを受けた。この一文があるということは、ここでは落書き事件があったのだろう。観光名所では落書きも珍しいことではないが、神社はね・・・

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

ちなみに、石段下の立て札は通常の定であった。

朝熊神社 (あさくまじんじゃ) 皇大神宮 摂社

朝熊神社 (あさくまじんじゃ)

朝熊神社を後にして、大土御祖神社へ向かった。

先ほど渡った堀割橋を渡り返し、五十鈴川の左岸堤防を上流へ走った。

堀割橋からの五十鈴川

堀割橋からの五十鈴川

堀割橋からの五十鈴川

堀割橋からの五十鈴川

ここから舗装路が砂利道に変った。

五十鈴川

五十鈴川

五十鈴川

五十鈴川

五十鈴川

五十鈴川

さらに進むと、伊勢二見鳥羽ラインの下を通る。

伊勢二見鳥羽ラインの下

伊勢二見鳥羽ラインの下

その先には、大土御祖神社の社叢が見えてくる。

五十鈴川左岸堤防から大土御祖神社の社叢を望む

五十鈴川左岸堤防から大土御祖神社の社叢を望む

また、対岸を眺めると、神宮神田を遠望できる。

五十鈴川左岸堤防から神宮神田を望む

五十鈴川左岸堤防から神宮神田を望む

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

これは五十鈴橋を渡る手前のショットである。新しい橋を作っているようだ。現在の橋は車が対面通行できないし、老朽化している。奥に見えるのは、大土御祖神社の社叢である。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

五十鈴橋を渡り、左折するとこの風景となる。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

ここが、大土御祖神社(摂社)である。この社域には国津御祖神社(摂社)も御座す。さらに、宇治乃奴鬼神社(末社)が大土御祖神社に、葦立弖神社(末社)が国津御祖神社に同座されている。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

木々の枝が円形に切り取られたような入口で、これは人工的である。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

参道には大樹が乱立している。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

ここが大土御祖神社。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

社殿はほぼ南面している。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

さらに、奥へ進むと、ここが国津御祖神社である。

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

ここの社殿もほぼ南面している。

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

国津御祖神社 (くにつみおやじんじゃ)

木の門をくぐって、社域を出る。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

社域と道路の間には水路があり、この流れに誘われて進んでゆくと神宮神田がある。

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ) 皇大神宮 摂社

大土御祖神社 (おおつちみおやじんじゃ)

これは、五十鈴川の右岸堤防からの遠景である。

神宮神田

神宮神田

神宮神田前を通る県道37号まで戻ると、神宮神田の入り口がある。

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田

五十鈴川右岸堤防から神宮神田を望む

五十鈴川右岸堤防から神宮神田を望む

さらに進むと、石段がある。
この鳥居の丸太も皮が剥かれていない。そうだ、伊雑宮の神田の鳥居と同じだ。

神宮神田

神宮神田

石段を上ると、この風景を見ることができた。

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田を後にして、宇治山田神社へ向かった。

大土御祖神社から宇治山田神社へ(五十鈴川を渡る)

大土御祖神社から宇治山田神社へ(五十鈴橋を渡る)

五十鈴橋を渡り、左折し堤防を走った。

五十鈴川

五十鈴川

近鉄鳥羽線の高架下をくぐると、右手には田園風景が広がった。ちょうど田植えの準備のため、トラクターで代掻きをしていた。

五十鈴川と近鉄鳥羽線

五十鈴川と近鉄鳥羽線

五十鈴川と近鉄鳥羽線

五十鈴川と近鉄鳥羽線

五十鈴川(近鉄鳥羽線高架下)

五十鈴川(近鉄鳥羽線高架下)

これだけを切り出すと、深い自然のなかにいるような錯覚に陥る。

五十鈴川

五十鈴川

堤防から右手を望むと宇治山田神社の社叢が見える。2階建ての家と比較しても、社叢の背はかなり高い。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

さらに堤防を進むと、御側橋にたどり着く。左手には三重県営総合競技場があり、歓声が聞こえてきた。なにかの大会が開催されていたのだろう。

ここでは、橋と反対方向へ進む。

御側橋付近

御側橋付近

右に曲がるとこの風景であり、目の前に社叢が見える。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

突き当たりを左折し、細い道を道なりに進む。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

この角を曲がると、すぐそこに、

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

この民家の間の細い道、この上に宇治山田神社が御座す。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

石段を登って行った。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

その先には苔が生えた赤土の斜面が広がっている。これだけ苔が多い神社も珍しい。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

ここが宇治山田神社(摂社)であり、那自賣神社(末社)が同座されている。

今日は、お守りの方が掃除されていた。新芽がでるこの時期が一番大変だとおっしゃっていた。確かに、枯葉が散在していた。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

この社殿は完璧に南面している。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

宇治山田神社を出てから細い路地を引き返し、元の道へ戻り、そのまま道なりに月讀宮を目指した。

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ) 皇大神宮 摂社

宇治山田神社 (うじようだじんじゃ)

この信号を渡れば、月讀宮だ。前回のめぐりでは葭原神社を探すのに苦労したが、所在を知っている今回は楽なものだ。月讀宮の鳥居をくぐるとすぐ右手に葭原神社がある。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

まっすぐ進めば、月讀宮へ、

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

右手には、葭原神社(末社)が御座す。

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

社殿はほぼ南面している。

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

社殿に向かって右手には、神社を見守るように大樹が立っている。

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

大樹から見た葭原神社。

葭原神社 (あしはらじんじゃ) 皇大神宮 末社

葭原神社 (あしはらじんじゃ)

徒歩のめぐりであればこちら側の参道から月讀宮へ向かい、帰りは御幸道路へ出る参道を利用することになる。今回は自転車でのめぐりであるため、先に御幸道路側の入口まで自転車を移動し、そちらの参道から月讀宮へ参拝した。

御幸道路を通り、月讀宮へ自転車で走った。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

こちらが、御幸道路側の入口である。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

参道へ入ってゆくと、風景は一転する。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

灯篭の屋根の劣化度がやけに違和感を感じさせる。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

式年遷宮のために準備されている新御敷地は、参道からでも木々の間に微かに望める。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

参道の突き当たりは手水舎である。右側の参道を進むと先ほど参拝した葭原神社へ戻ってゆく。ここは、心身を清めた後、左の参道を進んだ。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

その先には、今回の式年遷宮で新しく社殿が建てられる新御敷地がある。4つの覆屋が並んで見える。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

参道を奥へ進むとそこには4つの社殿(向かって左から、伊佐奈弥宮 (いざなみのみや)、伊佐奈岐宮 (いざなぎのみや)、月讀宮 (つきよみのみや) 、月讀荒御魂宮 (つきよみのあらみたまのみや) )が並んで建てられている。しかも、すべて別宮だ。125社でこんな光景を見たことはない。何とも贅沢な雰囲気だ。

月讀宮、月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の順で参拝した。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

まずは、月讀宮

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

次は、月讀荒御魂宮

月讀荒御魂宮 (つきよみのあらみたまのみや) 皇大神宮 別宮

月讀荒御魂宮

月讀荒御魂宮 (つきよみのあらみたまのみや) 皇大神宮 別宮

月讀荒御魂宮 (つきよみのあらみたまのみや)

さらに、伊佐奈岐宮

伊佐奈岐宮 (いざなぎのみや) 皇大神宮 別宮

伊佐奈岐宮 (いざなぎのみや)

最後は、伊佐奈弥宮である。

伊佐奈弥宮 (いざなみのみや) 皇大神宮 別宮

伊佐奈弥宮 (いざなみのみや)

また、すべての社殿はほぼ南面している。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

ここは月讀宮であるので、他の三宮と比較すると、社殿、鰹木、御垣はかなり大きい。ただし、千木の差はよくわからなかった。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

参道を引き返すと、右手の高台に新御敷地があり、覆屋の頭が見えている。参道脇には御井であろうか、覆屋が見える。

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

月讀宮 (つきよみのみや) 皇大神宮 別宮

月讀宮 (つきよみのみや)

参道を引き返し、鳥居をくぐると現実世界へ戻ってくる。御幸道路を右手に進むと近鉄鳥羽線の高架が見えてくる。この高架をくぐり道なりに進む。

御幸道路(近鉄鳥羽線の高架下)

御幸道路(近鉄鳥羽線の高架下)

少し上りの傾斜になり始めたあたりで、伊勢自動車道と交差する。

御幸道路(伊勢自動道の下)

御幸道路(伊勢自動道の下)

ここは、熱田神宮から伊勢神宮まで襷を繋ぐ大学駅伝で、前方から手前に向け、最終ランナーが駆け下りてくる場所である。(ただし、ここは歩道)

御幸道路(伊勢自動道の下)

御幸道路(伊勢自動道の下)

さらに坂を上ってゆくと大きな鳥居が見えてくる。

御幸道路の大鳥居

御幸道路の大鳥居

道路の案内板と比較すると、その大きさがよくわかる。

御幸道路の大鳥居

御幸道路の大鳥居

坂を上りきると右手には、神宮文庫への門がある。

神宮文庫への門

神宮文庫への門

ここを左折すると、倭姫宮の入口がある。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

鳥居をくぐると右に曲がりながら下る坂になっている。かなり下っている。谷底へ向かう感覚だ。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

下りきった参道を進んでゆくと、石でできた橋を渡る。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

突き当たりを右へ曲がると石段が現れる。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

石段を上ると、倭姫宮を遠望できる、手前左側には手水舎、右手には宿衛屋がある。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 手水舎

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 宿衛屋

ここが倭姫宮(別宮)である。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

ここでも新しい発見があった。御垣の回りに柵が建てられている。そういえば、神社・大湊めぐりの御食神社は御垣が二重化されていた。ただし、この柵は形状が興味深い。長い柱の間に短い柱が挟まれている。なぜだろう?

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

木々が多い茂った谷の底を通る参道には溝が整備されているが、常に湿度が高いのか、苔も多い。

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

倭姫宮 (やまとひめのみや) 皇大神宮 別宮

倭姫宮 (やまとひめのみや)

JRのマップに従うと、倭姫宮をでたらJR伊勢市駅へ向かうことになる。

宿衛屋手前の参道を進むと神宮徴古館の手前にでる。

神宮徴古館

神宮徴古館

ここを左へ進むと 左手には 式年遷宮記念 神宮美術館、

神宮美術館

神宮美術館

さらに、右手には 神宮農業館 が現れる。

神宮農業館

神宮農業館

坂を駆け下りると、左手には駐車場がある。また、その入口脇にはトイレがある。

わたしはIR伊勢市駅へは向かわず、自宅へと直行した。

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