新ブログサイト『神宮巡々3』開設のお知らせ

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宮川・上條の渡し

2010年10月10日(日) 宮川・上條の渡し (自転車)

本来の予定は、宮川流域エコミュージアムによる流域案内人の企画行事(熊野古道伊勢路を歩く!)での大台町「三瀬の渡し」体験であった。しかし、昨日の大雨で残念ながら中止となってしまった。

そこで気持ちを切り替え、渡しつながりで度会橋下流にあった渡し跡(上條の渡し、磯の渡し、桜の渡し(下の渡し)、柳の渡し(上の渡し))を巡った。渡しの単位で記録をまとめることとし、時系列的な整合性は無視することにした。

まずは上條の渡しから。

伊勢市御薗町上條にある高伝寺の近くから宮川の右岸へ出ると、

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

水門を制御するための塔が立っている。

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

東屋のような雰囲気の屋根の下には次の案内板がある。

宮川右岸(上條の渡し案内板)

宮川右岸(上條の渡し案内板)

次の地図によると現在地より下流側と上流側にそれぞれ渡しの跡が記されている。現在地より右上(下流側)が上條の渡しで、左下(上流側)磯の渡しだと思われる。

宮川右岸(上條の渡し案内板)

宮川右岸(上條の渡し案内板)

右岸の上條の渡し跡は特定できないが、この辺を渡し船が行き来していたのだろう。

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

宮川右岸(上條の渡し跡付近)

次いで、左岸にある上條の渡し跡を探すため、宮川大橋の上流にある豊浜大橋(赤い橋)を渡り対岸へ向かった。宮川左岸の堤防道路を下流へ向かって走ると次の距離標識(河口から3.0km)が現れる。ここから対岸を見ると、少し川下に先ほどの水門がある。となると左岸の上條の渡し跡はこれから先(下流)にあるのだろう。

宮川左岸

宮川左岸

さらにしばらく走ると左手に、文字が消えかかった地名表示板が現れた。上條と書かれている。左岸にも上條と言う名前の地区があるのだ。上條つながりでこの辺に渡し跡があったのかもしれないが、案内板や標石は見当たらないので、

宮川左岸

宮川左岸

さらに、下流を目指した。

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

堤防道路が川から離れ左へ回り込む手前に、河口から2.0kmの距離標識があった。

宮川左岸

宮川左岸

ここからは先ほどの水門の塔は対岸の上流に見える。先ほどの3.0km地点ではあの塔が下流に見えたから、やはりこの1kmの間のどこかに上條の渡し跡があったのだろう。

宮川左岸

宮川左岸

上條の渡し跡は特定できないので、しばらく宮川を散策することにした。

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

宮川左岸

どうすることもできないので次の渡し(磯の渡し)へ向かうことにした。

2.0km地点の距離標識から川上へ戻る途中はこの風景である。今は護岸がブロックで固められているが、昔はどのような堤だったのだろうか。とにかく、このどこかに渡し跡があるのだ。

宮川左岸

宮川左岸

この辺は多くの漁船が停泊しており、それらしい雰囲気を持っている。

宮川左岸

宮川左岸

【参考】

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