JR東海さわやかウォーキング 参宮線全通100周年記念 潮風香る離島 答志島

2011年11月03日(木) JR東海さわやかウォーキング 参宮線全通100周年記念 潮風香る離島 答志島 (車、船、徒歩)

最近、鳥羽の離島に興味を持ち、近々行ってみたいと思っていた。坂手田崎砲台跡がある坂手島、三島由紀夫の潮騒の舞台になっただけでなく、名前からして文字通り「神」に関わる神島、さらには九鬼嘉隆が末路を遂げた答志島。

鳥羽の離島への移動手段は船である。船の発着時刻や島内での活動内容や必要な時間の関係でなかなか離島行きを決断できないでいたところ、JR東海さわやかウォーキングが答志島を企画され、帰路の船便にはかなりの臨時便が増発された。

これだけ船便が多いと船の発着時刻を気にする必要がないため、離島への取っ掛かりとして本企画に参加した。

先日JR伊勢市駅でもらっておいたパンフレット(コースマップ)には、8:30受付で、桃取漁港行きの船が鳥羽港(佐田浜)を9:45発となっている。受付開始時刻と船の出発時刻の時間差が大きいので、別の船の時刻を調べていたら、8:05発があった。次のパンフレットはあらかじめJR伊勢市駅でもらっていたので、集合時刻よりもかなり早い時間から船に乗ることにした。

JR東海 参宮線全通100周年記念 潮風香る離島 答志島 パンフレット

JR東海 参宮線全通100周年記念 潮風香る離島 答志島 パンフレット

 

少し早く7:30過ぎに鳥羽駅に到着したところ、さすがにさわやかウォーキングの受付テントは開店前の状態だった。(自分の心の中で受付を済ませて)

JR鳥羽駅 さわやかウォーキング受付

JR鳥羽駅 さわやかウォーキング受付

鳥羽マリンターミナルへ向かった。(案内標識に従えば問題なし)

鳥羽駅から定期船のりば 鳥羽港(佐田浜)へ

鳥羽駅から定期船のりば 鳥羽港(佐田浜)へ

8:05出発まで時間に余裕があったので、鳥羽マリンターミナルの周辺を散策して海上保安庁の巡視艇「まきぐも」および「いせゆき」の前を通り

鳥羽マリンターミナルの周辺

鳥羽マリンターミナルの周辺

鳥羽マリンターミナルへ向かった。

鳥羽マリンターミナル

鳥羽マリンターミナル

ウォーキング参加者向けの団体割引切符が販売されるそうだが、指定された船便よりも早い便なので割引切符は買えないと勝手に判断し通常切符を購入した。待合スペースでしばらく待機していたらJRのスタッフジャンパーを着た方が現れ、割引切符が買える場所を教えてくれた。せっかくなので先ほど購入した切符を払い戻して、

鳥羽マリンターミナル

鳥羽マリンターミナル

購入したのがこれだ。(通常の1割引)

JRさわやかウォーキング専用の往復乗船券

JRさわやかウォーキング専用の往復乗船券

 

桃取漁港への出発は8:05。しばらく時間があったので再度鳥羽マリンターミナル周辺をぶらぶら。

鳥羽マリンターミナル

鳥羽マリンターミナル

こんなモニュメントもある。

鳥羽マリンターミナル

鳥羽マリンターミナル

こちらが桃取行ののりば。定期船が入港してきた。

鳥羽市営定期船 桃取行

鳥羽市営定期船 桃取行

今回乗船したのは第二十八鳥羽丸だった。

第二十八鳥羽丸(鳥羽市営定期船)

第二十八鳥羽丸(鳥羽市営定期船)

 

しばらくすると乗船となった。(写真には写っていないが)さすがに釣り客が多い。
隣の桟橋をパチリ。陸地と桟橋を結ぶ太い鎖が印象的だった。

鳥羽マリンターミナル

鳥羽マリンターミナル

 

定刻になり出港。ターミナルが小さくなっていった。

鳥羽港(佐田浜)から出港

鳥羽港(佐田浜)から出港

まずは定期船の最後尾にてパチリ。

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

左舷に移動して前進方向をパチリ。

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

 

今は潮が引いているのだろうか?

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

鳥羽港(佐田浜)から桃取漁港へ

 

10分程度で桃取漁港へ到着した。桃取は近い。漁港だけあり、多数の漁船が停泊している。

桃取漁港(答志島)

桃取漁港(答志島)

 

下船すると、答志島でのウォーキングが始まった。

桃取漁港(答志島)

桃取漁港(答志島)

まずは先のコースマップに従って歩き始めた。この角を右折しようとすると

鳥羽磯部漁協桃取町支所付近

鳥羽磯部漁協桃取町支所付近

掲示板に次の張り紙があったのでパチリ。七五三祭が11月15日(火)に斎行される。休日ではなく平日だ。島民は一次産業に従事する人が多いから古来の期日を踏襲できるのだろうか?

七五三祭の御案内(八幡神社)

七五三祭の御案内(八幡神社)

この掲示板の前を通り過ぎ、民家の間を通り抜けると

鳥羽磯部漁協桃取町支所付近

鳥羽磯部漁協桃取町支所付近

 

左手に社叢が見えた。八幡神社だ。他のウォーカーは見向きもしないで先を急いでいたが、私は神社へ立ち寄るのも目的なので左折した。

八幡神社(桃取)へ

八幡神社(桃取)へ

広場の右手に階段の参道が続く。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

鳥居をくぐり、階段を上るとその途中左手には蔵がある。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

さらに上には鳥居、手水舎。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

この鳥居の先の石段を上がり振り返るとこの風景だ。桃取の町が見渡せる。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

こちらが拝殿。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

座って参拝するのだろうか賽銭箱の前には茣蓙が敷かれていた。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

視線をあげると社名額。立派だ。

八幡神社(桃取)

八幡神社(桃取)

 

八幡神社での参拝を終えて、階段を下る途中でパチリ。

八幡神社(桃取)からの眺望

八幡神社(桃取)からの眺望

下り切り、ウォーキングコースへ戻ると次の掲示板を見つけた。『いろは書法勉強会』の案内で、「古事記」を音読すると書かれている。「いろは書法」とは?

八幡神社(桃取)付近の掲示板

八幡神社(桃取)付近の掲示板

 

掲示板の前を進むと突き当たりはこの場所に。左前方に桃寿橋が見える。

桃寿橋付近

桃寿橋付近

これが桃寿橋。

桃寿橋

桃寿橋

桃寿橋

桃寿橋

眼前には桃取漁港が広がる。

桃寿橋からの風景

桃寿橋からの風景

 

この後は答志島の東側にある和具サンシャインビーチまで、答志島スカイライン(県道759号線、答志桃取線)を5kmほど歩いた。

桃寿橋から答志島スカイラインへ

桃寿橋から答志島スカイラインへ

一本道なので道なりにどんどん進んだ。

答志島スカイライン

答志島スカイライン

答志島スカイライン

答志島スカイライン

歩いていると所々に色鮮やかな花が咲いているのでパチリ。

答志島スカイライン

答志島スカイライン

おじいさんとおばあさんが、乳母車に肥料を載せて歩いていました。山の上にある畑まで行くのでしょう。「おはようございます。」と挨拶した。

答志島スカイライン

答志島スカイライン

答志島スカイラインの途中で左手の視界が開けた。この辺がコースマップのビューポイントだろうか?

答志島スカイラインからの風景

答志島スカイラインからの風景

さらに歩いているとまたまた花々・・、パチリ、パチリ。

答志島スカイライン

答志島スカイライン

答志島スカイライン

答志島スカイライン

 

しばらくするとゲートがあり、左側へ下る道路が現れた。

答志島スカイライン

答志島スカイライン

その先には砂浜が見えたので下ってみようかと思ったが

答志島スカイラインからの風景

答志島スカイラインからの風景

その右側には白煙をたなびかせる煙突があったので、砂浜行きは止めておいた。

答志島スカイラインから見える焼却場

答志島スカイラインから見える焼却場

 

さらに和具を目指して歩みを速めると

答志島スカイライン

答志島スカイライン

花をパチリの後、

答志島スカイライン

答志島スカイライン

 

前方に給水塔が見えた。すでに2/3は過ぎただろう。

給水塔(答志島スカイライン)

給水塔(答志島スカイライン)

給水塔は巨大だった。給水塔を過ぎてから振り返ってパチリ。

給水塔(答志島スカイライン)

給水塔(答志島スカイライン)

この後、坂道は下りとなる。両側に小屋がありそれらの壁面や扉には丸の中に八の字が書かれている。コースマップ以外に参考にしたパンフレット「鳥羽ウォークNAVI ぶらっと歩く鳥羽」によると次の通り。

「まるはち」は答志地区では各家の戸板や船に書かれている。これは大漁・家内安全を祈願したもので、八幡祭で使われた炭で描かれている。

ここは答志中学校の手前で、和具地区に近いがこの辺でもその風習があるのだろう?

答志島スカイライン

答志島スカイライン

 

答志中学校の前を過ぎて

答志中学校(答志島スカイライン)

答志中学校(答志島スカイライン)

しばらくすると和具サンシャインビーチへとたどり着く。

サンシャインビーチ(答志島 和具)へ

サンシャインビーチ(答志島 和具)へ

 

ここからは、コースマップだけでなく、先ほど紹介したパンフレット「鳥羽ウォークNAVI ぶらっと歩く鳥羽」を参考に独自オプションも追加した。これが答志島(答志・和具エリア)部分。

答志島(答志・和具エリア)の観光マップ、手書きあり

答志島(答志・和具エリア)の観光マップ、手書きあり

 

サンシャインビーチに出ると

サンシャインビーチ(答志島 和具)

サンシャインビーチ(答志島 和具)

砂浜を歩いた。

サンシャインビーチ(答志島 和具)

サンシャインビーチ(答志島 和具)

浜辺にはこの小屋が建っている。ラウンドした屋根、箱型のシンプルな形状、美しいデザインだ。自分の隠れ家に欲しいような小屋だ。漁師小屋だろうか?

漁師小屋?(サンシャインビーチ(答志島 和具))

漁師小屋?(サンシャインビーチ(答志島 和具))

 

サンシャインビーチの片隅には、船底が赤く塗られた小船が置かれている。

サッパ船(サンシャインビーチ)

サッパ船(サンシャインビーチ)

近くにこの案内板。そこには「サッパ(船)の由来」とある。

サッパ船の説明板(サンシャインビーチ)

サッパ船の説明板(サンシャインビーチ)

サッパ船(サンシャインビーチ)

サッパ船(サンシャインビーチ)

サッパ船(サンシャインビーチ)

サッパ船(サンシャインビーチ)

 

サッパの前を通りすぎると、コース矢印は「左へ」となっていた。和具漁港の定期船のりばを確認しておきたかったのでここは右へ向かった。

漁師小屋?(和具定期船待合所付近)

漁師小屋?(和具定期船待合所付近)

 

前方には蛸壺の山、

蛸壺(和具定期船待合所付近)

蛸壺(和具定期船待合所付近)

その向かいには先ほどと同じ形状の小屋が多数並んでいた。壮観。

漁師小屋?(和具定期船待合所付近)

漁師小屋?(和具定期船待合所付近)

ここでビーチ側を見ると、何と、堤防には「サンシャインビーチ」の文字が書かれていた。

サンシャインビーチ(答志島 和具)

サンシャインビーチ(答志島 和具)

和具定期船待合所まで行き、帰りの船で「高速船」の乗れるか?を確認したところチケットを販売している方では分からないとのことだった。

和具定期船待合所

和具定期船待合所

とりあえず、先ほどの矢印まで戻り

和具定期船待合所付近

和具定期船待合所付近

先へ進んだ。前方の山の上にはNTTの答志反射板が見えている。ここを右折し、

サンシャインビーチ(答志島 和具)付近

サンシャインビーチ(答志島 和具)付近

旅館が立ち並ぶ通りを進むと

サンシャインビーチ(答志島 和具)付近の旅館通り

サンシャインビーチ(答志島 和具)付近の旅館通り

右手の倉庫にも「まるはち」の文字が書かれていた。

和具定期船待合所前の倉庫

和具定期船待合所前の倉庫

 

その先にある三叉路を

和具定期船待合所近くの三叉路(中央に分離帯あり)

和具定期船待合所近くの三叉路(中央に分離帯あり)

左へ向かうと

美多羅志神社方面へ

美多羅志神社方面へ

緩やかな坂道となる。その途中で和具の町を振り返り、パチリ。

答志島 和具の町の遠景

答志島 和具の町の遠景

坂を上りきる手前にこの案内板があった。『幣振り坂の由来』とある。

幣振り坂の由来の説明板(潮風の宿 やま七 前)

幣振り坂の由来の説明板(潮風の宿 やま七 前)

 

さらに坂を進むと道路が右へ曲がる、その突き当たりには美多羅志神社の案内板がある。

美多羅志神社の案内板

美多羅志神社の案内板

美多羅志神社への階段には榊を携えた神職の姿が見えた。今日は神事があるのだろうか?

美多羅志神社

美多羅志神社

美多羅志神社

美多羅志神社

私も続いて鳥居をくぐったが、神職たちは社務所へ。

美多羅志神社

美多羅志神社

後から祭典に参加した方(氏子総代とかだろうか、肩書きは?)に聞いたところ、

この神社では祭日には祭典が実施される。以前は月次祭も行われていた。
八幡神社も同様に祭日には祭典がある。

とのことだった。今日は、文化の日だ。

参道を進むと

美多羅志神社

美多羅志神社

右手に手水舎があり、

美多羅志神社

美多羅志神社

美多羅志神社

美多羅志神社

龍神さんの幟の先には

美多羅志神社

美多羅志神社

常夜燈が四基。鬼板部分には異なる文字がある。向かって左から「西」「中」「東」「和」。

美多羅志神社

美多羅志神社

突き当たりを右へ曲がると階段の先に拝殿がある。

美多羅志神社

美多羅志神社

桃取の八幡神社と同様に、美多羅志神社でも賽銭箱の前には茣蓙が敷かれていた。

美多羅志神社

美多羅志神社

本殿に視線を移すと、御扉が開かれていた。

美多羅志神社

美多羅志神社

参拝を終えてから、左手にある「参拝のしおり」をいただいた。

美多羅志神社 参拝のしおり

美多羅志神社 参拝のしおり

美多羅志神社 参拝のしおり

美多羅志神社 参拝のしおり

本殿の前には案が置かれ、

美多羅志神社

美多羅志神社

その上にはこの御箱が置かれていた。

美多羅志神社

美多羅志神社

 

参道を戻ると

美多羅志神社

美多羅志神社

先ほどの龍神さんの幟が気になった。

美多羅志神社

美多羅志神社

木の幹に小さな張り紙があったが、文字が雨でにじんでいて読めなかった。「龍」、「木」、あっ、そうそう、龍の形をした木だ。何かで読んだことがある。思い出した。

龍神さん(美多羅志神社)

龍神さん(美多羅志神社)

確かに龍に見えてきた。

龍神さん(美多羅志神社)

龍神さん(美多羅志神社)

 

美多羅志神社の鳥居を出ると隣には椿公園があり、岩屋山古墳と蟹穴古墳の案内板がある。

岩屋山古墳と蟹穴古墳の案内板

岩屋山古墳と蟹穴古墳の案内板

 

潮音寺の参道の先にあるようなので、

潮音寺

潮音寺

まずは潮音寺(右側)に寄り、その後で蟹穴古墳、岩屋山古墳(左側)へ向かうことにした。

潮音寺と蟹穴古墳、岩屋山古墳の分岐

潮音寺と蟹穴古墳、岩屋山古墳の分岐

 

潮音寺へ向かうと、

潮音寺

潮音寺

山門には

潮音寺

潮音寺

「白華山」の文字がある。

潮音寺

潮音寺

境内へ入ると、右手には聖観音像の説明板がある。どの建物が観音堂かわからなかったので聖観音像の拝見は次回として、本堂へ向かった。

潮音寺の聖観音像の説明板

潮音寺の聖観音像の説明板

本堂の屋根はかなり反っていて、

潮音寺

潮音寺

その先には、見たことが無い紋があった。

潮音寺

潮音寺

これだ。帰宅後に調べたところ「揚羽蝶」だった。まったく対称性がないデザインで、記号ではなく絵画のようだ。

潮音寺

潮音寺

また、本堂へのガラス引き戸にも同様の紋が透かされていた。

潮音寺

潮音寺

これだ。

潮音寺

潮音寺

本堂の手前に置かれた鬼瓦にも。

潮音寺

潮音寺

丸瓦のすべてにもこの紋があった。

潮音寺

潮音寺

もしかすると先ほどの案内板の近くにあるこの建物が観音堂?

潮音寺

潮音寺

 

とりあえず、潮音寺の山門をくぐり返すと、前方左側にこの石垣があり、石段がある。思わず、ここを上ると美多羅志神社につながっていた。こんな所に連絡路があったのか!

潮音寺から美多羅志神社への石階

潮音寺から美多羅志神社への石階

改めて、美多羅志神社へ立ち寄ると本殿の御扉は閉じられていた。

美多羅志神社

美多羅志神社

 

今度は、先の石段を下り、

美多羅志神社から潮音寺への石階

美多羅志神社から潮音寺への石階

蟹穴古墳、岩屋山古墳へ向かった。

蟹穴古墳、岩屋山古墳へ

蟹穴古墳、岩屋山古墳へ

案内板に従い、上へ上へ

蟹穴古墳、岩屋山古墳へ

蟹穴古墳、岩屋山古墳へ

しばらく上るとこの分岐に出る。左が蟹穴古墳。まずは左へ。

蟹穴古墳へ(左)、岩屋山古墳へ(右)

蟹穴古墳へ(左)、岩屋山古墳へ(右)

左手に墓地を見下ろしながら進むと

蟹穴古墳への途中での眺望

蟹穴古墳への途中での眺望

次の分岐で左へ。

蟹穴古墳へ(左)

蟹穴古墳へ(左)

細い道の先には蟹穴古墳の看板が見えた。斜面を上ると

蟹穴古墳

蟹穴古墳

その先に

蟹穴古墳

蟹穴古墳

蟹穴古墳がある。これだ。

蟹穴古墳

蟹穴古墳

蟹穴古墳

蟹穴古墳

 

先ほどの分岐まで戻り、今度は右へ向かい岩屋山古墳を目指した。

岩屋山古墳へ

岩屋山古墳へ

歩道は急斜面も多いが、斜面には丸太で階段が作られている。右の斜面に丸太が立て掛けられているこの場所を過ぎて

岩屋山古墳へ

岩屋山古墳へ

しばらくすると左側にNTT答志反射板が現れる。

NTT答志反射板(岩屋園地)

NTT答志反射板(岩屋園地)

その先には岩屋園地の東屋がある。さらにここからの風景は後のお楽しみ。

岩屋園地

岩屋園地

 

まずは岩屋山古墳へ向かうと

岩屋山古墳

岩屋山古墳

案内板が建っている。右へ回り込むと

岩屋山古墳

岩屋山古墳

覆いの下に「立入禁止」の垣があり、その先に穴が開いている。穴の上にはシートが掛けられていて枯葉などが溜まっていた。

岩屋山古墳

岩屋山古墳

穴を覗いたが真っ暗だったので、仕方なくフラッシュを焚いた。パチリ。反対側にも穴が開いていた。

岩屋山古墳

岩屋山古墳

 

古墳の周囲を右に巻いて反対側へ向かうと、ここからは中へ入っても良いようだった。

岩屋山古墳

岩屋山古墳

この穴に入るためには腹ばいにならないといけない。今は自分一人だ。閉じ込められたら・・・と考えたら、結局この穴には入れなかった。とりあえず、こちら側でもフラッシュを焚いてパチリ。

岩屋山古墳

岩屋山古墳

 

古墳の中に入らなかった(入れなかった)ことを悔やみながら、岩屋園地へ戻ってきてパチリ。和具漁港が一望できる。

岩屋園地からの眺望

岩屋園地からの眺望

こちらはNTT答志反射板。反射板はどのように利用されるのだろう?

NTT答志反射板(岩屋園地)

NTT答志反射板(岩屋園地)

この後は椿公園まで一気に下ればいいのだが、途中で蝶を発見してしまった。帰宅後に調べたところ「アサギマダラ」でこれから暖かい南を目指して移動するそうだ。渡る前に見られたのはラッキーだ。

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

岩屋園地から蟹穴古墳への分岐までの途中

しばらく「アサギマダラ」に見とれていた。観察を始めると「ハマってしまう」のも分かる気がした。

 

蟹穴古墳への分岐を越え、椿公園の前を通り答志漁港を目指した。答志保育所の前を右折して左へカーブする坂道を下ると右手に港が広がっている。

答志漁港

答志漁港

答志漁港

答志漁港

答志漁港

答志漁港

この場所から右手を見ると朱色の橋が見える。あれが八幡神社への架け橋だ。

八幡橋(答志漁港)へ

八幡橋(答志漁港)へ

先へ進むとこれが八幡橋。

八幡橋(答志漁港)

八幡橋(答志漁港)

橋を渡るとその先には鳥居が建っている。八幡神社。「まるはち」の文字を書くための炭をいただく神社だ。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

社標の近くの鳥居をくぐると手水舎があり、その先にも

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

鳥居が続く。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

手前の石の鳥居には「八幡宮」と刻されている。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

さらに階段を登ると、先ほど美多羅志神社でお話を伺った方とすれ違い、挨拶を交わした。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

階段を登りきると拝殿、本殿は見える。また左側には小屋がある。祭典で利用する案等が保管されているのだろう。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

ここでも賽銭箱の前には茣蓙が敷かれている。

八幡神社(答志)

八幡神社(答志)

 

参拝を終えて最初の鳥居を出ると、鳥居に向かって右側には

柿本人麻呂の歌碑(答志の八幡神社)

柿本人麻呂の歌碑(答志の八幡神社)

柿本人麻呂の歌碑が建っている。

柿本人麻呂の歌碑(答志の八幡神社)

柿本人麻呂の歌碑(答志の八幡神社)

 

八幡橋を渡り返す前に、漁港の堤防を見学、これだ。

答志漁港

答志漁港

八幡橋を渡り返し、和具漁港へ向かうと右手に「答志漁港修築記念碑」が建ち、

答志漁港修築記念碑

答志漁港修築記念碑

その先には鳥羽市営定期船のりば 答志(漁港)がある。

鳥羽市営定期船のりば 答志(漁港)

鳥羽市営定期船のりば 答志(漁港)

 

こののりば付近に見たことがある名前の建物があった。「浜与本店」。たしか外宮前に店を出している。

浜与本店(答志)

浜与本店(答志)

先ヘ進むと掲示板に次のお知らせが貼られていた。正月準備だ。

大しめ縄注文のお知らせ(答志)

大しめ縄注文のお知らせ(答志)

おっ、ここにも「まるはち」。ここは答志島の「答志」だ。

壁面に描かれた丸八の印(答志)

壁面に描かれた丸八の印(答志)

コースマップではこの先を左折だったが、この先も見てみたいので直進した。

すると消防団の格納倉庫にも「まるはち」が。

壁面に描かれた丸八の印(答志)

壁面に描かれた丸八の印(答志)

 

この分岐の左は、岩屋山古墳へ向かう遊歩道に続いている。

答志漁港付近の案内板

答志漁港付近の案内板

私は右方向の「西行法師歌碑」へ向かうとこれだ。

西行法師歌碑

西行法師歌碑

西行法師歌碑

西行法師歌碑

西行法師歌碑

西行法師歌碑

 

この先には大答志トンネルがあるので、さらに前進した。

大答志トンネル

大答志トンネル

トンネルを抜けるとこちらにも漁港が広がっている。

大答志トンネルの向こう側

大答志トンネルの向こう側

大答志トンネルの向こう側

大答志トンネルの向こう側

 

先ほどの正規ルートへ戻って来ると、民家の間を進んだ。

答志の町中(答志島)

答志の町中(答志島)

しんじの舞台の前、

しんじの舞台(答志)

しんじの舞台(答志)

鳥羽答志郵便局を越えて

鳥羽答志郵便局

鳥羽答志郵便局

さらに進むと答志保育所の前へ戻ってきた。

答志保育所前

答志保育所前

美多羅志神社を過ぎると椿公園の前の建物の扉にも「まるはち」が書かれていた。

扉に描かれた丸八の印(椿公園付近)

扉に描かれた丸八の印(椿公園付近)

 

坂を下ると左手には行きで見た「幣振り坂の由来」説明板がある。

観光ホテル ニューやま七

観光ホテル ニューやま七

その手前に「へーふり坂峠」と刻された石がある。「幣振り坂」はどこだろう? 確認できず。

幣振り坂峠(和具)

幣振り坂峠(和具)

 

往路で上ってきた坂を下り返した。

幣振り坂の由来説明板の前(やま七前)

幣振り坂の由来説明板の前(やま七前)

突き当たりの三叉路を今度は左側へ。

和具漁港近くの三叉路(中央に分離帯あり)

和具漁港近くの三叉路(中央に分離帯あり)

 

道なりに進むと墓地の先に地蔵群があるが、その手前にある石が何かが? 放置されているのではなく、意図的に配置されているように見えるのは私だけ? ここでも疑問が残った。

和具漁港近くの地蔵

和具漁港近くの地蔵

この先、さらに進むと

和具漁港付近

和具漁港付近

コースは、大き食堂(「き」は「七」×3個)の手前を左へ。

大き食堂(「き」は「七」×3個)

大き食堂(「き」は「七」×3個)

民家の間を過ぎると広い空間が現れた。先に見えるは井戸のようで、

民家の間にある水場

民家の間にある水場

これだ。以前は水を求めて、住民がここに集まっていたのだろうか?

民家の間にある水場(井戸)

民家の間にある水場(井戸)

 

さらに先へ進むと矢印は右。ただし、天王神社の場所を地元の方に尋ねたところ、ここを左だと教えてくれたので、まずは左折した。

胴塚・血洗い池への案内板

胴塚・血洗い池への案内板

 

左折するとすぐ右手に鳥居が見えた。

天王神社

天王神社

こちらが天王神社だ。

天王神社

天王神社

天王神社

天王神社

 

社の向かいに階段が続いていたので、さらに登ると

大日如来尊への階段

大日如来尊への階段

そこには

大日如来尊

大日如来尊

大日如来尊が二体。男と女の神様で縁結びに効くそうだ。

大日如来尊

大日如来尊

大日如来尊から天王神社へ下る途中でパチリ。

大日如来尊付近からの眺望

大日如来尊付近からの眺望

さらに下ってパチリ。

大日如来尊付近からの眺望

大日如来尊付近からの眺望

あつ、あちらにウォーカーを発見。私も先ほどの矢印に場所へ戻って先を急いだ。

ウォーカーを発見

ウォーカーを発見

 

洞泉庵址付近へたどり着くと、その向かいには

洞泉庵址付近の地蔵

洞泉庵址付近の地蔵

九鬼嘉隆が洞泉庵で切腹した際に使われて血がついた刀を洗ったのがこの池だそうだ。

血洗い池の案内板

血洗い池の案内板

しかし、この雰囲気から血の付いた刀は想像できない。

血洗い池

血洗い池

 

血洗い池を後にして九鬼嘉隆の胴塚へ向かった。

九鬼嘉隆の胴塚へ

九鬼嘉隆の胴塚へ

 

こちらが九鬼嘉隆の胴塚。

九鬼嘉隆の胴塚

九鬼嘉隆の胴塚

九鬼嘉隆の胴塚

九鬼嘉隆の胴塚

九鬼嘉隆の胴塚の案内板

九鬼嘉隆の胴塚の案内板

 

胴塚のさらに奥には、九鬼嘉隆の首塚へ通じる階段が続く。コースマップでは胴塚での折り返しとなっていたが、折角なので階段を登った。

九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ

九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ

途中、左へ向かうと見晴らし台と書かれていたので、少し寄り道の寄り道へ。

見晴らし台へ(九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ)

見晴らし台へ(九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ)

見晴らし台からの風景をパノラマにするとこれだ。

見晴らし台(九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ)

見晴らし台(九鬼嘉隆の胴塚から首塚へ)

 

この後は黙々と山道を進むと

九鬼嘉隆の首塚へ

九鬼嘉隆の首塚へ

最後の分岐を過ぎ、

九鬼嘉隆の首塚へ

九鬼嘉隆の首塚へ

この階段の先に

九鬼嘉隆の首塚へ

九鬼嘉隆の首塚へ

九鬼嘉隆の首塚がある。

九鬼嘉隆の首塚

九鬼嘉隆の首塚

九鬼嘉隆の首塚の説明板

九鬼嘉隆の首塚の説明板

九鬼嘉隆の首塚

九鬼嘉隆の首塚

九鬼嘉隆の首塚

九鬼嘉隆の首塚

 

ここで恒例の昼食(おにぎり三個)をとった。近くで蜂がブンブンし始めたので、おにぎりを急いで食べると早々に首塚を後にした。

先ほどの分岐から和具漁港へと下ると

九鬼嘉隆の首塚付近からの風景

九鬼嘉隆の首塚付近からの風景

この辺でも「まるはち」を多数目にした。

壁面の丸八の印(九鬼嘉隆の首塚から和具漁港へ)

壁面の丸八の印(九鬼嘉隆の首塚から和具漁港へ)

壁面の丸八の印(九鬼嘉隆の首塚から和具漁港へ)

壁面の丸八の印(九鬼嘉隆の首塚から和具漁港へ)

 

下りきると右手に築上(つかげ)園地の案内板があった。

築上(つかげ)園地の案内板

築上(つかげ)園地の案内板

 

別の資料によると和具地区にも八幡神社があるようだ。漁港を離れ、民家の間の細い路地を徘徊していた。

和具漁港

和具漁港

すると漁港とは反対側の浜の近くにこの社を発見した。

八幡神社(和具)

八幡神社(和具)

社へ近づくとしめ縄が切れたままになっていた。桃符には「蘇民将来子孫家門」と書かれている。

八幡神社(和具)

八幡神社(和具)

漁港とは反対側の海をフェンス越しにパチリ。

八幡神社(和具)付近の海岸

八幡神社(和具)付近の海岸

全景はこれだ。

八幡神社(和具)

八幡神社(和具)

参拝を終えて和具の八幡神社を後にした。帰宅後に美多羅志神社の「参拝のしおり」を読んだら、明治41年に和具の八幡社など19社が美多羅志神社に合祀された。とある。この社はどのような立場なのだろうか?

八幡神社(和具)

八幡神社(和具)

 

これで後は鳥羽港(佐田浜)へ向かうだけだ。

和具漁港

和具漁港

漁船を見ながら、和具定期船待合所へ向かうと、

和具漁港

和具漁港

帰りの船は高速船「かがやき」だった。

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

市場の様子を伺っていたら、乗船が開始されたので急いで桟橋へ。

和具浦漁港水産物荷さばき施設

和具浦漁港水産物荷さばき施設

 

私も高速船「かがやき」へ乗り込んだ。

和具定期船待合所(答志島)

和具定期船待合所(答志島)

答志から来た船だ。

鳥羽市営定期高速船「かがやき」への乗船

鳥羽市営定期高速船「かがやき」への乗船

帰りも行きと同様に甲板で撮影していた。

鳥羽市営定期高速船「かがやき」への乗船

鳥羽市営定期高速船「かがやき」への乗船

これは何だろう。アンテナのようだが・・・?

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

 

しばらくすると漁船が現れた。

和具漁港へ入港する漁船

和具漁港へ入港する漁船

前方の魚市場に横付けすると

和具浦漁港水産物荷さばき施設

和具浦漁港水産物荷さばき施設

漁獲が手渡されていた。

和具浦漁港水産物荷さばき施設

和具浦漁港水産物荷さばき施設

 

定刻となり「かがやき」が出向した。あれに見えるは? 船尾にフェリーと書かれている。確かに青い船にはフォークリフトが積まれていた。

フェリー(和具漁港)

フェリー(和具漁港)

港を出る際、定期船とすれ違った。

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

「かがやき」はさらに和具漁港を離れた。

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

和具漁港から鳥羽港(佐田浜)へ

 

十数分で鳥羽港(佐田浜)へ到着した。

鳥羽港(佐田浜)

鳥羽港(佐田浜)

下船してから「かがやき」をパチリ。

鳥羽港(佐田浜)

鳥羽港(佐田浜)

船底はこの様になっていたのか!

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

鳥羽市営定期高速船「かがやき」

以上で、鳥羽港(佐田浜)を後にしてJR鳥羽駅のゴールへと向かった。

鳥羽港(佐田浜)

鳥羽港(佐田浜)

 

ゴールで写真を撮るのを忘れていたので、スタンプシールと5回分のスタンプで貰った5回ナイス賞の景品であるタオルの写真を掲載。

JR東海さわやかウォーキング5回ナイス賞

JR東海さわやかウォーキング5回ナイス賞

また、今回は特別に参宮線全通100周年記念バッチと粗品をいただいた。

参宮線全通100周年記念バッチと粗品

参宮線全通100周年記念バッチと粗品

粗品の箱を開けてみると何とシャープペンシルと4色ボールペンが一体化したペンだった。

粗品の中身

粗品の中身

 

【 20111103の記録 】

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です