昌久寺(昌久禅寺)

2012年03月11日(日) 昌久寺(昌久禅寺) (徒歩)

一色能(一色神社例祭) を拝観した後、一色神社の隣にある昌久寺(昌久禅寺)へ立ち寄った。聞き覚えがある名前だと思ったが帰宅するまでその理由が分からなかった。

帰宅後に「改訂版 検定お伊勢さん【公式テキストブック】」を読み返してみると、P.103 御師邸の遺構の項に次の記述があった。

橋村肥前大夫邸(常磐町)の本宅が一色町昌久寺本堂として移築され残っている。

 

それでは訪問の記録を。

参道を進むと

参道(昌久寺)

参道(昌久寺)

立派な山門が建っている。

山門(昌久寺)

山門(昌久寺)

こちらも御師邸の遺構ではないか? と思わせるほどのものだ。

山門(昌久寺)

山門(昌久寺)

山門(昌久寺)

山門(昌久寺)

寺の名前は「昌久禅寺」となっている。ただし、一般的には「昌久寺」と呼称されているようなので、この記録では「昌久寺」を採用した。

山門(昌久寺)

山門(昌久寺)

 

山門をくぐり右手を見ると辨財天があり、

辨財天(昌久寺)

辨財天(昌久寺)

左手には立派な本堂が建っている。こちらが移築された橋村肥前大夫邸(常磐町)の本宅だろう。

本堂(昌久寺)

本堂(昌久寺)

見るからに立派な玄関だ。

本堂(昌久寺)

本堂(昌久寺)

ふと視線を落とすと「吾唯知足(われただたるをしる)」の蹲踞(つくばい)がある。京都の龍安寺のものが有名だが、こんなところにもあったのか。

吾唯知足の蹲踞(つくばい)(昌久寺)

吾唯知足の蹲踞(つくばい)(昌久寺)

 

そして、山門の正面には子安地蔵尊があり、

子安地蔵尊(昌久寺)

子安地蔵尊(昌久寺)

さらに、子安地蔵尊の左手には庚申堂がある。

庚申堂(昌久寺)

庚申堂(昌久寺)

特に気になったのが、庚申塔の右手の壁面に掛けられた

庚申堂(昌久寺)

庚申堂(昌久寺)

この石だ。石に穴が空けたのか、穴が空いている石を利用したのかは分からないが、奥のものは石が釘に掛かっている。また、手前のものは石に針金が通されていて、それが釘に掛けられている。庚申の行事と関連があるのだろうか?

庚申堂(昌久寺)

庚申堂(昌久寺)

 

【 20120311の記録 】

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