大慈寺の『てんれい桜』(志摩市大王町)

2013年03月16日(土) 大慈寺の『てんれい桜』(志摩市大王町) (車、徒歩)

絵かきの町・大王町の散策にて高台から大慈寺へ向かい階段を下っていると右手に桜、

大慈寺付近の石階から眺める桜(志摩市大王町)

大慈寺付近の石階から眺める桜(志摩市大王町)

手前にも桜。すでに若葉が出始めていた。満開は過ぎてしまったようだ。それにしても早い開花。

大慈寺付近の石階から眺める桜(志摩市大王町)

大慈寺付近の石階から眺める桜(志摩市大王町)

 

階段の途中から大慈寺の境内に咲く桜をパチリ。

大慈寺付近の石階から眺める大慈寺のてんれい桜(志摩市大王町)

大慈寺付近の石階から眺める大慈寺のてんれい桜(志摩市大王町)

階段を下りきると、土塀に沿って桜を楽しんだ。

大慈寺のてんれい桜(志摩市大王町)

大慈寺のてんれい桜(志摩市大王町)

 

こちらが大慈寺の山門。山門をくぐると

大慈寺(志摩市大王町)

大慈寺(志摩市大王町)

左手には、ショッキングピンクに白抜き文字で「てんれい桜」の幟。

てんれい桜の幟と桜(大慈寺)

てんれい桜の幟と桜(大慈寺)

菜の花とてんれい桜も。

菜の花とてんれい桜(大慈寺)

菜の花とてんれい桜(大慈寺)

まずは、本堂にてお参り。

てんれい桜(大慈寺)

てんれい桜(大慈寺)

 

そして、本堂の前に立つ桜の木の根元を見ると

てんれい桜の原木とそれを示す標石(大慈寺)

てんれい桜の原木とそれを示す標石(大慈寺)

次の石柱が建てられていた。「てんれい桜原木」

てんれい桜原木を示す標石(大慈寺)

てんれい桜原木を示す標石(大慈寺)

そして、この石柱の側面にはてんれい桜の由緒が記されていた。

平成四年二月、先代の典嶺和尚が伊豆の弟の寺を
訪れた時、途中の河津町で見た早咲きの桜があまり
にもきれいだったので地元の人に枝をいただいたのが
始まりです。当地に持ち帰った枝を数本に切り分け
挿し木したところその内の一本が発根し大事に
育てたのがこの木です。三重県内で一番最初に生を
受けたと同時におそらく県内第一号の河津桜で
あろうと推測されます。

つまり、これらは河津桜、だから開花が早く、すでに満開の時期を過ぎていたのだ。

 

「てんれい桜」のイメージで、パチリ。

てんれい桜(大慈寺)

てんれい桜(大慈寺)

 

桜を後にし、境内を散策してパチリ、

大慈寺(志摩市大王町)

大慈寺(志摩市大王町)

さらに、こんな看板を見つけた。

志摩國七幅神、志摩國四天王事務局の看板(大慈寺)

志摩國七幅神、志摩國四天王事務局の看板(大慈寺)

 

大慈寺の山門をくぐり返し、境内を後にするとそこには立派な塀がある。石積みの基礎、かなり立派だ。

大慈寺(志摩市大王町)

大慈寺(志摩市大王町)

情報発信拠点(休憩所)「おいないな」でいただいたマップ「絵かきの町・大王のみどころ」の紹介記事を引用すると次の通り。

(K) 大慈寺(だいじじ)の石積み
 蔓延(まんえん)元年(1860年)石垣竣成
(延長三十間)専門の石工が築いた波切最古の
石積みです。
 ノミを使って石を整形し石の合わせ目をすき間
なく合わせたノミアイバ。
 100年以上過ぎた今でもくるいがありません。
波切石工の祖林与吉の作です。

すでに時間がなくなり、波切小学校へ向かうのを諦めた時、大慈寺の塀、鐘楼の屋根の先、高台に建物を発見。

大慈寺の鐘楼とその背後の高台に見える建物(志摩市大王町)

大慈寺の鐘楼とその背後の高台に見える建物(志摩市大王町)

何だろう。(汗かき地蔵尊をお参りした際に、その建物の正体が確認できた・・・)

 

大慈寺の前を引き返し、

てんれい桜(大慈寺)

てんれい桜(大慈寺)

汗かき地蔵尊へと向かった。

 

【 20130316 の記録 】

 

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