2010年05月22日(土) 神社・大湊めぐりほか (自転車)
今日は神社・大湊めぐりの社殿の向きを測りがてら、山田奉行所記念館、臥龍梅にも足を運んだ。天気が崩れ始めていたので駆け足だった。
まず、伊勢市御薗町上条にある山田奉行所記念館へ向かった。空には鉛色の雲が広がり、今にも雨が降り始めそうな気配であった。記念館への案内板はあるが少し分かり難い。宮川の右岸堤防からすぐ近くにある。
近くに民家があるものの、記念館のまわりは水田である。駐車場は裏にありとても広い。
入場料は無料である。入り口の左手にある小窓から管理者の方に挨拶して中へと入っていった。他に見学者は誰もいなかった。
建物の入口で障子を開けると畳の部屋が多数つながっている。基本は建物で、所々に展示物がある。確かに記念館という感じだ。
白州を楽しみにしていたが、今日は雨戸が閉められており、数十cmしか開いていなかった。管理人の方に伺ったところ、今の時期はつばめが家屋内へ入ってくるとのこと。つまり、ツバメの進入を防ぐために雨戸が閉じられていたのだ。外のトイレにはツバメの置き土産が壁や床に大量に残されていた。さすがに記念館の中が汚れてはたまらない。建築当時には予測されなかった災難なのだろう。
雨戸の隙間から覗くとこんな風景である。
罪人はこんなところでお裁きを受けていたのだろうか?
建物の奥にも展示物があった。掛け軸のまえには「吾唯足知」が・・・
また、利用はできないが厠も再現されている。(写真はカット)
記念館を出て、宮川の堤防を下流へ走ると、新しく架けられた橋から志宝屋神社の社叢が見える。
志宝屋神社(末社)である。石標の社名は判読しにくくなっている。
社殿はほぼ南向きである。
今回、石垣の高さが気になった。
すぐそばには川が流れている。というか、大湊は島であるから川ではなく海の中にあるといっても過言ではない。昔の堤防は今ほど立派ではなかったために、石垣で嵩上げされているのだろうか?
志宝屋神社を後にして、神社へと向かった。今回で3度目の訪問ので、場所はよくわかっている。御食神社(摂社)である。
この神社には村の鎮守の雰囲気がある。
社殿は2重の御垣に囲われており、他の摂社とは異なる。
社殿はほぼ南面している。
こちらも志宝屋神社と同様に石垣が高い。すぐ側は神社港である。
御食神社を後にして河原神社へと向かったが、途中に臥龍梅の看板があったので、立ち寄った。
太宰府に左遷された菅原道真が、自らの冤罪が晴れるのを祈願して、伊勢の地の奉納植樹したのがこの「臥龍梅」だそうである。梅の花の鑑賞には時期外れだったが、梅の実がたくさん付いていた。この実はどうなるのだろうか?
梅園(といっても、住宅に囲まれた小さな空間)の正面には菅原神社が祀られている。
また、片隅には秋葉神社が祀られている。
臥龍梅から住宅街を抜けると本日の最終目的地である河原神社(摂社)へ到着した。ここには、毛理神社(末社)が同座されている。石標の社名は非常にくっきりしている。そういえば二見めぐりの江神社もくっきりしていた。
社殿は南から少し西に振れている。
今日は鳥居が気になった。社殿の向きはほぼ測り終えたので、今度は鳥居でも調べてみようか?
なんとか雨に降られる前に帰宅できた。