2012年06月30日(土) 宮川床上浸水対策特別緊急事業完成後の浅間堤 (徒歩)
宮川床上浸水対策特別緊急事業完成後の宮川右岸堤防にて整備された堤防を下り、浅間堤と交差する場所までやってきた。
浅間堤は、岡山大学大学院 教授である馬場俊介さんが監修されている「近世以前の土木遺産」 の三重県伊勢市の一覧のひとつとして情報提供した案件でもあり、私にとっても思い入れが深い土木遺産だ。宮川右岸堤防の工事が始まり、どのようになるのか心配していたのも事実である。
【参考】
【工事開始前】
【工事開始後】
参道を歩くことができるようになっていたので、宮川床上浸水対策特別緊急事業により浅間堤がどのように変わってしまったのかを確認するため、まずは参道入口の鳥居へ向かった。
鳥居の周囲はコンクリートで固められ、
その先の参道もコンクリート舗装だ。
新しくなった宮川右岸堤防は浅間堤よりも1m以上高くなっているため、堤防が交差する部分には傾斜が付けられ、フェンスまで付けられていた。
この角度で見るとフェンスの先に先の鳥居が見える。
浅間堤が新造の宮川右岸堤防と交差する部分はこんな感じだ。堤防はアスファルト舗装。ここまでは従来の浅間堤の面影は皆無だ。
堤防を横断し、そのさきの浅間堤はこんな感じ。下りのスロープになっている。
横からもパチリ。かなりの傾斜だ。
このスロープを下ると
その先は、従来の浅間堤が残されている。
右手の手水石は周囲から浮き出た雰囲気になっている。とりあえず残しました状態だ。
左手の手水石、
松井孫右衛門人柱堤の石柱は元の状態。その他は以前と変化がないようだった。
鳥居の先の祠にお参りすると
気になるものを発見した。
祠の隣に薄く切られた丸太が置かれていた。もしかして切り倒された木の一部・・・?
掃守社舊蹟の石柱を後にして
浅間堤をさらに進み、お稲荷さんの祠の先で振り返ってパチリ。
この辺の雰囲気は変わりない。
浅間堤を下り、全体をパチリ。現状でも堤として成り立っていることは確認できた。
ふと右方向へ視線を振ると、切り倒された大木が横たえられていた。宮川右岸堤防を新造するために切られたのだろう。
祠の横に置かれていた丸太はどの部分だろうか?
住民の安全確保と歴史的な遺物や自然の維持との選択、難しい天秤だ。
【 20120630の記録 】
- 大祓後の清掃(御薗神社)
- 須原大社前の工事用コーン
- お伊勢さん125社まいり(外宮めぐり)
→ 伊勢市観光協会 新築工事(ほぼ完成)
→ 勾玉池のしょうぶ(外宮) - お伊勢さん125社まいり(宮川めぐり)
- 宮川床上浸水対策特別緊急事業完成後の宮川右岸堤防
- 宮川床上浸水対策特別緊急事業完成後の浅間堤
- 伊勢神宮奉納全国花火大会の準備が進む度会橋付近
- JR東海 参宮線 宮川架道橋(宮川・桜の渡し付近)