新ブログサイト『神宮巡々3』開設のお知らせ

『神宮巡々』、『神宮巡々2』ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々3』を新設しました。
2014年〜2017年の記録は『神宮巡々2』を、最新の記録は『神宮巡々3』をご覧ください。 ( 2017年12月31日 【キタヰ】こと、桝屋善則 )

熊野古道伊勢路図絵を片手に(田丸から成川まで)

2013年05月25日(土) 熊野古道伊勢路図絵を片手に(田丸から成川まで) (徒歩)

熊野古道伊勢路図絵を片手に(伊勢神宮外宮から田丸まで)を終えると、次は女鬼峠の登り口に近い成川を目指した。

今回の歩き旅はできる限り『熊野古道伊勢路図絵』のルートを辿ることとし、場所や建物の名称も『熊野古道伊勢路図絵』で使用されているものを採用した。ただし、現地で別の名称を確認した場合はその限りではない。

【参考】

 

村山龍平記念館を後にして先ほどの街道の合流点へ戻ろうとすると、その途中左手に次の石碑を見かけた。パチリ。

「赤門久野屋敷跡」の碑と説明板

「赤門久野屋敷跡」の碑と説明板

さらに進むと、街道合流点の向かいには次の案内図。これから熊野街道(古道)の方向へ向う。

熊野街道、参宮街道、伊勢本街道の分岐点付近(魚町)

熊野街道、参宮街道、伊勢本街道の分岐点付近(魚町)

 

先ほどの背の高い道標を左に見ながら進むと、ほどなく次の石碑。

「田丸藩家臣団 武家屋敷跡」の碑

「田丸藩家臣団 武家屋敷跡」の碑

 

さらに進むと一方がJR田丸駅へ通じる交差点へ出た。

JR参宮線 田丸踏切へ続く五叉路

JR参宮線 田丸踏切へ続く五叉路

そこには「熊野街道 伊勢街道」の道標があり、新宮まで158km。

「熊野街道 伊勢街道 新宮まで158km」の道標

「熊野街道 伊勢街道 新宮まで158km」の道標

 

この交差点を道なりに直進すると右手に次の説明板を見つけた。

「熊野街道 片原町と町並み」の説明板

「熊野街道 片原町と町並み」の説明板

その先は踏切、JR参宮線が通過していた。パチリ。

JR参宮線 田丸踏切付近

JR参宮線 田丸踏切付近

ここはJR参宮線 田丸踏切だ。

JR参宮線 田丸踏切付近

JR参宮線 田丸踏切付近

JR参宮線は単線なので、上り・下りは駅での対向となる。

JR参宮線 田丸駅

JR参宮線 田丸駅

あれ、この列車はさっきも走っていた?

JR参宮線 田丸踏切

JR参宮線 田丸踏切

 

踏切を渡ると右手には田丸城址が見える。

JR参宮線 田丸踏切付近から望む田丸城址

JR参宮線 田丸踏切付近から望む田丸城址

【参考】

 

踏切を渡った後は少し変則なルートだ。季節料理 旅館 栄亭の前で右折して

季節料理 旅館 栄亭

季節料理 旅館 栄亭

突き当たりを

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

左折して、右折、

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

左折・・・。

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

季節料理 旅館 栄亭前から田丸大橋付近の庚申堂へ

 

そして視界が開けると、突き当たりは外城田川。左手には庚申堂がある。

田丸大橋付近の庚申堂

田丸大橋付近の庚申堂

田丸大橋付近の庚申堂

田丸大橋付近の庚申堂

 

外城田川に架かる田丸大橋へ向かい

田丸大橋(外城田川)

田丸大橋(外城田川)

橋を渡り終えたところで、パチリ。

田丸大橋(外城田川)

田丸大橋(外城田川)

 

右方向へ進むが、道路の向かい側に道標があるので信号が変わるのをまった。

勝田交差点(田丸大橋付近)

勝田交差点(田丸大橋付近)

そして、道標がこちら。

道標(勝田交差点付近)

道標(勝田交差点付近)

道標を左にすると前方はこんな感じ。左手の畑は麦秋だ。

勝田交差点から勝田黄金橋西交差点へ

勝田交差点から勝田黄金橋西交差点へ

 

歩道をてくてくと歩ながら、徐々に右手後方へと後退して行く田丸城址を途中でパチリ。

遠望する田丸城址

遠望する田丸城址

ズームでパチリ。何とか石垣が見えた。

遠望する田丸城址

遠望する田丸城址

 

勝田黄金橋西交差点から

勝田黄金橋西交差点から勝田西交差点へ

勝田黄金橋西交差点から勝田西交差点へ

勝田西交差点へ到着すると今まで撮影しようと思っていたがなかなか機会が得られなかった道標に対面。この場所は車を駐めにくいし、この道標のみのために歩くこともない。

勝田西交差点

勝田西交差点

信号が変わるのも気にせずにパチリ、・・・。

道標(勝田西交差点付近)

道標(勝田西交差点付近)

 

次は三郷川に架かる

竹乃鼻橋(三郷川)付近

竹乃鼻橋(三郷川)付近

竹乃鼻橋へ。

竹乃鼻橋(三郷川)

竹乃鼻橋(三郷川)

橋の左手にものどかな風景が広がっている。

竹乃鼻橋から望む三郷川

竹乃鼻橋から望む三郷川

 

「野篠」の地名板を見ながらその先に見える常夜燈を遠望。

野篠の地名板と幸神社の常夜燈

野篠の地名板と幸神社の常夜燈

近づいてパチリ。

幸神社の常夜燈

幸神社の常夜燈

 

右へカーブし緩やかの上りとなる坂道を道なりに進むと右手に接待地蔵尊。

接待地蔵尊

接待地蔵尊

左側に歩道があるので、一時的に道路を渡ってパチリ・・。

「接待地蔵」の説明板

「接待地蔵」の説明板

説明板によるとお地蔵さん自体は昭和十年以降に造られたようだ。それにしても年季を感じさせる。

接待地蔵尊

接待地蔵尊

 

しばらくは道なりに進み、野篠交差点を通過すると

野篠交差点

野篠交差点

京セラドキュメントソリューションズ株式会社 玉城工場の前を通過、

京セラドキュメントソリューションズ株式会社 玉城工場

京セラドキュメントソリューションズ株式会社 玉城工場

「松ヶ原」の地名板の先にコンビニがあった。

松ヶ原の地名板とコンビニ

松ヶ原の地名板とコンビニ

 

飲み物も食料、塩飴などは十分に担いでいるのでコンビニには立ち寄らずに進むと
左手に中嶋医院。

中嶋医院

中嶋医院

なぜか小腹が空いてきたので、歩きながらの間食。小さなあんぱん二個。「食事は歩きながらほとんど休憩なし」のスタイルが定着しつつある。

最初の行動食(中嶋医院付近にて)

最初の行動食(中嶋医院付近にて)

 

「玉城町蚊野茶屋」と書かれた歩道をくぐると

玉城町蚊野茶屋の歩道橋

玉城町蚊野茶屋の歩道橋

左手に見えるのは東外城田神社の社標と鳥居だ。

東外城田神社

東外城田神社

今日のところは寄り道せずに先へ急いだ。

 

しばらくすると右手には柿畑が広がっている。

柿オーナー募集の看板(玉城の早生次郎柿)

柿オーナー募集の看板(玉城の早生次郎柿)

玉城の早生次郎柿畑

玉城の早生次郎柿畑

 

広大な柿畑を過ぎると

玉城の早生次郎柿畑を過ぎて

玉城の早生次郎柿畑を過ぎて

「原」の地名板。

原の地名板

原の地名板

その先には先日も通りかかった森岡石油店、

森岡石油店

森岡石油店

そして、その先には熊野古道への分岐がある。

 

ここは最近訪れた場所だ。

【参考】

石佛庵と巡礼道引観世音

石佛庵と巡礼道引観世音

円通山 石佛庵、順礼道引観世音の案内看板

円通山 石佛庵、順礼道引観世音の案内看板

「熊野街道」の道標、新宮まで 154km。

「熊野街道 新宮まで 154km」の道標

「熊野街道 新宮まで 154km」の道標

車道から右の古道へ入り・・・。

円通山 石佛庵、順礼道引観世音前(熊野古道)

円通山 石佛庵、順礼道引観世音前(熊野古道)

順礼道引観世音にお参りするために石階を上った。

円通山 石佛庵、順礼道引観世音

円通山 石佛庵、順礼道引観世音

石階の上でお参りしてから、パノラマモードでパ~~~~~~~~~チリ。

円通山 石佛庵、順礼道引観世音

円通山 石佛庵、順礼道引観世音

 

石階を下ると先へ進み、

円通山 石佛庵、順礼道引観世音の碑

円通山 石佛庵、順礼道引観世音の碑

突き当たりを左折すると

順礼道引観世音の碑からその先へ

順礼道引観世音の碑からその先へ

先ほどの車道(県道13号線)と交差。ここは横断。

県道13号線との交差点

県道13号線との交差点

突き当たりの丁字路を右折した。

丁字路を右へ

丁字路を右へ

 

しばらくは往時を感じさせてくれる家並みを楽しみながら進んだ。

国束橋を目指して進む

国束橋を目指して進む

石屋さんの前を過ぎると

国束橋を目指して進む

国束橋を目指して進む

街道は左へ曲がっている。

国束橋(国束川)の手前

国束橋(国束川)の手前

その先にあるのが国束橋だ。

国束橋(国束川)付近

国束橋(国束川)付近

国束橋(国束川)

国束橋(国束川)

「国束」の文字で次の記録を思い出した。

【参考】

 

東外城田郵便局を左手に見ながら歩き、次の目標は「猿田彦のゆかりの地」の碑。

東外城田郵便局

東外城田郵便局

碑を探しながら進むが・・・、「見落としたか? いやいやまだだ・」

東外城田郵便局から猿田彦ゆかりの地の碑まで

東外城田郵便局から猿田彦ゆかりの地の碑まで

そんなことを考えながらとにかく前へ進むと「あった。あった。」

「猿田彦ゆかりの地」の碑付近

「猿田彦ゆかりの地」の碑付近

こんな感じ。かなり注意していないと見過ごしてしまいそうだった。

「猿田彦ゆかりの地」の碑

「猿田彦ゆかりの地」の碑

 

碑の近くでも、例の小さなあんぱんを二個取り出して歩きながらパクリ、パクリ。

「猿田彦ゆかりの地」の碑から永昌寺へ

「猿田彦ゆかりの地」の碑から永昌寺へ

 

そして間の前に現れたのは永昌寺。

永昌寺へ

永昌寺へ

まずは御堂にお参り。

永昌寺前の御堂ほか

永昌寺前の御堂ほか

野中のバスのりばをパチリ。

多気町町民バス 野中 バスのりば

多気町町民バス 野中 バスのりば

実はこの奥でお寺の解体作業が進んでいた。

山門横の掲示板に張り出されていた公告によると本堂、庫裡は全体の傷み、山門は白蟻による腐食のため新築されるとのこと。)

山門は見た目には大丈夫そうだが・・・。

永昌寺の山門と工事中の境内

永昌寺の山門と工事中の境内

説明板は再利用されるのだろうか?

永昌寺の説明版

永昌寺の説明版

 

永昌寺の山門を後にして先へ進むとY字路。ここを左へ進むと

永昌寺付近のY字路

永昌寺付近のY字路

その先にはこの道標がある。

永昌寺付近のY字路の先に建つ道標

永昌寺付近のY字路の先に建つ道標

その前には説明板、熊野街道は左折(左さいこく道)、で

和歌山別街道、熊野街道の概要と道標の説明

和歌山別街道、熊野街道の概要と道標の説明

直進だ。

道標から「左さいこく道」へ。

道標から「左さいこく道」へ。

 

突き当たるとそこは西外城田神社。あまり寄り道している余裕がなかったので遥拝して右へ進むと

西外城田神社

西外城田神社

この場所に出る。道標の通り左折。

熊野街道の看板(西外城田神社の先)

熊野街道の看板(西外城田神社の先)

 

しばらくは単調な道路の歩道を・・・。

車道との合流(西外城田神社の先)

車道との合流(西外城田神社の先)

車道との合流から女鬼峠へ

車道との合流から女鬼峠へ

 

黙々と歩くと左手に丘?、

桧皮池

桧皮池

いや、池の縁だ。「桧皮池 竣工記念碑」が建てられていた。

桧皮池 竣工記念碑

桧皮池 竣工記念碑

 

桧皮池を過ぎると右手への分岐がある。図絵に記されている「成川弘法大師」の看板は見当たらなかったが、

成川への分岐

成川への分岐

ここを右折した。

成川から女鬼峠へ

成川から女鬼峠へ

 

しばらく歩くと

成川から女鬼峠へ

成川から女鬼峠へ

右手に成川大師堂を発見、このルートで正解だ。

成川大師堂

成川大師堂

成川大師堂

成川大師堂

 

お参りを済ませると街道へ戻り、先を急いだ。

成川から女鬼峠へ

成川から女鬼峠へ

突き当たりには次の碑がある。

「竣工記念碑 くちなしの郷 栃ヶ池」の碑

「竣工記念碑 くちなしの郷 栃ヶ池」の碑

碑の奥には栃ヶ池が広がっている。

栃ヶ池

栃ヶ池

碑の手前を道なりに左へ進むと車道と交差する。

栃ヶ池付近から女鬼峠へ

栃ヶ池付近から女鬼峠へ

 

交差点には次の道標があるので、矢印に従うと

「熊野古道 女鬼峠 1.2km」の道標

「熊野古道 女鬼峠 1.2km」の道標

そこにはマメナシの木が立っている。

マメナシ

マメナシ

近くには説明板、汚れの膜でコーティングされていた。

マメナシの説明版

マメナシの説明版

こちらがマメナシの実、確かに見た目は梨の子供のようだ。

マメナシの実

マメナシの実

 

 

【 20130525 の記録 】

 

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