2013年09月21日(土) 青峯山正福寺ハイキングトレイル (徒歩)
伊勢・二見・鳥羽・磯部ウォークにて赤崎神社から国道167号を
磯部方向へ歩いた。鳥羽警察署を過ぎてしばらく進むと松尾交差点の手前に次の案内板。
そこには日本語で「青峰山正福寺」の文字と英語で「SHOFUKUJI TEMPLE HIKING TRAIL」の文字が書かれている。青峯山正福寺を経由するハイキングコースだ。
ここからは国道167号から離れ、正福寺を経由して磯部へ向かった。
このコースは正福寺の参詣道でもあるので、以前歩いたことがある。以前の記事では「青峰山」と記述していた。この案内板も「青峰山」。ただし、正福寺の寺務所の門では「青峯山正福寺」となっている。なかなか漢字は難しい。今回の記事では案内板の文字は忠実に表記し、それ以外は「青峯山」を使用することにした。
【参考】
松尾交差点を左折する。
その前に交差点の角にある道標「左 青峯道 右 磯部道」をパチリ。
その建立年は文化十四年正月とある。なお、十の文字の位置に穴が空けられていた。
反対側から見るとこんな感じ。幟を立てるために空けられたのだろうか?
近鉄 松尾駅方向へ進むとかもめバス 松尾駅口 のりば。
松尾橋で加茂川を越えると松尾駅の踏切を過ぎて
次の十字路を右折した。この交差点にも道標があり「右 青峯道」とある。
道標に従って進むと両側に石垣、その間を過ぎると
左手に祠が祀られている。
道路が左へカーブする辺りに「近畿自然歩道」の道標があった。「青峯山3.7km」
田んぼの畔の草が刈られ、青臭さが漂うなかその匂い、いや臭い?を楽しみながら先へ進んだ。
右手に川の流れが洗われると涼しい風が吹き寄せた。
堰を過ぎると左手に次の案内板があった。
行程図には正福寺まで約4km。
さらに進むと右手に「青峯山登口→」の道標がある。ここで右へ折れると
橋がある。
橋の上から右側を望むと石橋が見える。前回の訪問で確認した橋だ。
橋からしばらくすると登口に到着。ここに杖が多数準備されていた。これらの杖のほとんどはスキーのストックだった。普段なら杖には目もくれずに山道(参道)へ入るのだが、今日はなぜは杖を借りた。
左手に杖を持ちながら青峯山への一歩を踏み出した。
この辺りまでは順調に登っていたのだが・・・、
途中で足が痙攣しそうになった。しかも両足! 何ということだろう。朝は曇っていたので油断していたのだろう、水分摂取を怠っていたようだった。ここで小休止とし、【キタヰの妻】が昼食用に持たせてくれた缶コーヒーとレモンジュースを一気に飲み干した。さらに塩飴を二粒、口にした。急には回復しないだろうが、摂取した水分が身体に染み渡ることを意識しながら亀よりもゆっくりと歩き始めた。慎重に足場を選びながら・・・。
この時、偶然にも手にした杖のありがたさを感じた。あれは偶然ではなく、必然だったのか?
ゆっくりと前進するとますきち岩の説明板に到着した。この石はますきち岩ではない。
ますきち岩はこの岩の後方、上方にある。
ちなみに「ますきち」の名の由来は次の通り。
その昔、「ますきち」という男がオオカミに追われ、この上に逃れて助かったという伝承のある岩です。
「ますきち岩」から山道までを斜めにパノラマでパチリ。
続いて現れたのは、天然記念物 達磨座姥目樫石。
その先は左手にあまかぼうか岩。大きな岩がふたつあるが、あまかぼうか岩は右側、
こちらだ。
説明板によるとその名の由来は次の通り。
正福寺にお参りする女性(海女)たちが生まれてくる子供の性別を占った岩。石を投げて岩の上に乗れば男の子。落ちれば女の子が生まれると言われた。
つまり、「女児(あま)か坊(ぼう)か?」で「あまかぼうか」である。
あまかぼうか岩の上には多数のぼうが乗っていた。
この岩の近くで右手に視界が開けた場所から下界を望み、パチリ。国道167号がかすかに見えた。
この先にはおとく茶屋跡、
近畿自然歩道の道標によると松尾駅から正福寺への中間点を過ぎていた。
さらに登ると一時的に稜線に出た。左手の視界も・・・。木の枝の間からかすかに海が見えた。太平洋だ。
山道が稜線の右側を巻くように進むと御成婚記念植林碑が建つ辺りで大きく視界が開けていた。
ここから下界を覗くと、「あっ、あの風景!」
先日、第二伊勢道路開通記念ウォークに参加した時のスタート地点、鳥羽南・白木ICだ。
【参考】
記念ウォークを思い出しながら再び歩き出した。
「十八丁目」の丁石と近畿自然歩道の道標。あと1.2km。
そして護摩岩へ到着。
この石の名前の由来は次の通り。
弘法大師が護摩を焚いた (中略)
現在では周囲の木が生長していますが、護摩岩の上で灯をともせば鳥羽志摩の海上の船からは一目で確認できる位置にあります。
なお、岩の上には「ヒトツバ」と言うシダ植物が生い茂っている。
護摩岩を後にすると正福寺はすぐ近く、次の道標に従い右側の山道を進むと
そこは、すでに正福寺だ。
近畿自然歩道の説明板をパチリとしてから
正福寺の境内へと進んだ。
【青峯山正福寺】
寺務所の門は右手、左手にある手水舎で手水を受けた後
直進して石階を上った。
左手には聖如意輪堂。
正面に見える弁天堂と大師堂から聖天堂、金堂へのパノラマ。
金堂からは力強い読経が聞こえた。金堂の扉は閉ざされていたので、階段下でお参りした。
寺務所の山門へ戻ると
その先にある杉の巨木の前に。
その名前は「夫婦杉」、隣の木と夫婦かと思いきや男杉は倒れてしまったそうだ。今はこの一本、女杉のみが残されている。
続いて鐘楼の脇を通ると山門(大門)へ向かった。
こちらの山門はとても立派、精細な彫刻も多数あり見応えがある。その詳細は次の記録を参照。
【参考】 (前回の記録では、「峯」を「峰」と書いていた。)
山門に近づき、パチリ・・・。
山門をくぐるとその前には約7メートルの石灯籠(常夜灯)、
また、その向かい側には道標がある。「左 鳥羽ミち、右 磯部満とや」
青峯山正福寺に別れを告げて磯部へ向かった。
下りの経路をどうするか?
前回のルートを逆行するのであれば沓掛へ下る山道だが、足の調子が回復したとはいえ万全ではない。先に見かけた近畿自然歩道の上之郷駅へ向かうルートを思い出した。自然歩道と言ってもこのルートは舗装路だ。歩きやすそうだし、今まで歩いたことがないルートなので、今回は近畿自然歩道の道標に従うことにした。
まず、最初の道標、上之郷駅6.1km。
坂道を登り、次の分岐を左方向へ進んだ。以前歩いたことがあるので迷わなかったが、思わず右へ進みそうな場所だ。ここは左へ!
先ほどの分岐から下ると正福寺前の道標で別れた車道と合流する。
上之郷駅6.0km、100m歩いただけだ。
あとはこの車道をひたすら歩くことになる。
しばらくすると案内板と東屋が見えてきた。
ここにも道標がある。
上之郷駅5.7km。
この場所には沓掛からの山道が合流している。沓掛へのルートを選択していればここから山道へ入ることになる。そう言えば、松尾の登り口で借りた杖(ストック)を返す場所がない? 下界へ持ち帰る訳にはいかないので、次の案内板の前に立て掛けておいた。
(次回、青峯山を歩くなら沓掛から登って回収しよう! もし誰かが回収してくれたら、感謝です。)
しばらくこの景色を楽しんでから九十九折の道路を下った。
このようなヘアピンカーブが何度か繰り返される。
さらに下ると
次のポイント。この場所も沓掛へのルートの接点になっている。右へ進めば沓掛だ。
しかし、今日は舗装路を歩くと決めた。
上之郷駅4.9km。約1時間の道のりだ。
あまり気にせずに歩いていたら、すでに志摩市に入っていた。
空は晴天、
道路の左右にはシダ類が・・・。
上之郷駅3.6km。
この先はほぼ直線で水平な道路。
単調な区間が過ぎると見覚えがある場所へ出た。
ここは上之郷駅付近から的矢へ向かった時に通った。しかも道標(山田にある道標(12))が盗まれていたのも知らずにその道標を探し回った場所でもある。
【参考】
道標を探した記録。
- 的矢の日和山散策 他
盗まれたのを知ったのはこちらの記録。
ここから上之郷駅まで 2.3km、約30分だ。
また、ここには壊れかけた「青峯山登山口」の看板もある。
あとは車道をひたすら歩くのみ。
山田の里を通り抜けて近鉄 上之郷駅の近くへたどり着いた。
近鉄 踏切道 沓掛第五号で踏切の遮断機が降りた。
ここで、青峯山正福寺ハイキングトレイルを終えると伊雑宮を目指した。
【 20130921 の記録 】
- 伊勢・二見・鳥羽・磯部ウォーク
→ 台風18号の被害後、大注連縄が張り替えられた夫婦岩(二見興玉神社)
→ 御遷座を控えた船津八幡神社(鳥羽市)
→ 青峯山正福寺ハイキングトレイル
→ 伊雑宮と御神田
→ 佐美長神社、佐美長御前神社四社