「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱(宇治乃奴鬼神社跡)

2013年01月20日(日) 「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱(宇治乃奴鬼神社跡) (徒歩)

月讀宮、葭原神社 にてお参りを終えると、本日の目的地である楠部町の櫲樟尾神社へ向かうためにまずは五十鈴川左岸を目指した。

国道23号線から脇道の農道へ入ると前方に近鉄 鳥羽線を走る近鉄特急。

月讀宮から五十鈴川左岸への途中

月讀宮から五十鈴川左岸への途中

さらに進むと以前訪れたことがある池に出た。その時の水面は真っ赤だったが今日は澄んでいた。

月讀宮と五十鈴川の間の池

月讀宮と五十鈴川の間の池

近鉄 鳥羽線の高架へ近づくと前方には見覚えのある光景、田畑の中にポツンとそそり立つ森、「皇女森」や「皇女の森」と呼ばれるそうだ。

近鉄 鳥羽線の高架下から望む宇治乃奴鬼神社跡

近鉄 鳥羽線の高架下から望む宇治乃奴鬼神社跡

なぜか私は吸い寄せられるように近づいていた。

舘町通線から望む宇治乃奴鬼神社跡

舘町通線から望む宇治乃奴鬼神社跡

舘町通線からイオン伊勢店へと通じるアスファルト舗装された農道を下り・・・。

宇治乃奴鬼神社跡

宇治乃奴鬼神社跡

宇治乃奴鬼神社跡

宇治乃奴鬼神社跡

 

その森の正面に立つと、森へは幅の狭い参道(?)が続いている。

宇治乃奴鬼神社跡

宇治乃奴鬼神社跡

細い通路を進み森を通り越し、振り返って反対側からもパチリ。

宇治乃奴鬼神社跡

宇治乃奴鬼神社跡

 

以前、二度ほどこの場所についての記事を書いたが、

【参考】

皇女森についての知識もなくネット検索で該当する写真を見つけ、そこに記されていた名前を書いてしまった。皇女森に関する資料が手元になく、由緒等を紹介することはできない。

改めてネット検索し直すと詳しく解説されているサイト(『てっつん』 さんが運営されている『伊勢 おいないな 日記 ~サラリーマンの写真記~』)がある。詳しい解説に感謝感激だ。

【参考】

なお、このサイトは「伊勢・志摩」を中心に素晴らしい写真とさらに詳細な解説が掲載された見応え、読み応えのある素晴らしい内容だ。入り浸りそう。

 

皇女森に関する解説は『てっつん』さんのブログにお願いして、ここでは、次の疑問について考えてみた。

この敷地の隅には石柱が建てられている。

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

その石柱には

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

「宇治乃奴鬼神社々域」と刻されている。

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱

宇治乃奴鬼神社とはこれから向かおうとしている櫲樟尾神社の隣にある大土御祖神社に同座されている神社だ。また、大土御祖神社ならびに宇治乃奴鬼神社はお伊勢さん125社である。

ここが「宇治乃奴鬼神社々域」であるなら、ここも神宮が所有する敷地と考えられる。実は「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱の近くには背の低い石柱がある。次の写真の右下に写っているものだ。

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱ほか

「宇治乃奴鬼神社々域」の石柱ほか

残念ながらこの石柱にどのような文字が刻されているのかは確認できなかった。が、もしかしたら「神宮」の文字があったのかもしれない?

神宮司廳に問い合わせれば解決する話であるが、第62回神宮式年遷宮にて忙しいなかこのような個人的で些細な疑問で手を煩わすわけにはいかない。

また、別のルートとしては法務局で登記簿を調べるなど方法はあるだろうが、費用もかかるし、平日じゃないと手続きできないし・・・。そこまで解決すべき疑問ではないので式年遷宮は終わってから考えることにしよう。

このようにして疑問は山積みとなっていく・・・。

 

【 20130120 の記録 】

 

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