2013年04月28日(日) 俳祖守武神主墓所ほか(荒木田墓地) (徒歩)
内宮めぐり(お伊勢さん125社)のため、国道23号線浦田町交差点から内宮へ向かっていたところ荒木田墓地の説明板に引き留めるられた。
前回、荒木田墓地に訪れたのは2年半以上前のことだった。
【参考】
- とび石、高麗広 ほか 2010年09月12日
荒木田墓地 所在 伊勢市宇治浦田町今○山下桧尾 墓地のあらまし 皇大神宮歴代の神官(祢宜)家である荒木田家のう ち、薗田・佐八・藤波の各氏の霊○であります。 次の三霊のみ 略記しました。 氏経(藤波)(一四0二~八七)、寛正三年(一四六 二)内宮長官(一祢宜)。神宮衰微の難局に処して、 よく祭式や旧例の廃絶を防ぎました。本市在銘最古の 墓塔です。 守武(薗田)(一四七三~一五四九)、天文十年(一 五四一)内宮長官。神宮勤仕のかたわら、連歌・俳諧 に長じました。後に伊勢俳諧の祖と仰がれています。 氏富(藤波)(一六0七~八七)、慶安元(?)年( 一六四八)内宮長官。貞享二年(一六八五)従二位に 昇りました。祢宜で二位につく初めてのことでありま した。 神務に精励するほか、参宮街道の難所牛谷坂の改修 などにも尽力しました。
説明板の右手奥に墓地への入口があり、その右側には「俳祖守武神主墓所」の石柱が建てられている。
墓地なので撮影するのははばかられるが、記録のためと割り切り撮影した。入口側からパチリ、
最奥へ向かい振り返ってパチリ。
墓地の中央には守武神主之碑があり、その左隣には
墓塔がある。墓塔の下部中央には守武の文字を確認できた。
そして、向かって左側には氏経神主の碑があり、その右側には
この墓塔が立っている。名前を確認することはできなかったが、
説明板にあるように、荒木田氏経の墓塔は本市在銘最古である。この墓塔がそれに相当すると思われる。つまり、これが荒木田氏経の墓塔?
なお、荒木田氏富の墓塔?、墓石?を確認することはできなかった。
【 20130428 の記録 】
- 松尾観音寺の龍神庭園 のぼり龍(伊勢市楠部町)
- 内宮周辺の交通渋滞、緊急車両も大変(伊勢市)
- 俳祖守武神主墓所ほか(荒木田墓地)
- 内宮めぐり(お伊勢さん125社まいり)
→ 林崎文庫 一般公開(2013春)
→ 春季神楽祭 神宮舞楽(2013) - 内宮~(古市街道)~河崎~自宅
→ 御田祭(おみた)の準備完了?(猿田彦神社)