2011年11月13日(日) 近鉄 お伊勢参りの独自オプション(川合高岡駅~伊勢中川駅) (電車、徒歩)
近鉄ハイキング お伊勢参りも今日で第八回となる。ただ、前回のゴール地点である川合高岡駅と今回のスタート地点である伊勢中川駅の間にも見どころは多いようなので、伊勢中川駅からスタートする前に「川合高岡駅~伊勢中川駅」を独自オプションとして歩くことにした。
この区間は近鉄のコースマップがないため、次のみえ歴史街道ウォーキングマップを参考にした。
【補足】
- コース周辺の道標、常夜燈などについては、先日みえ歴史街道ウォーキングマップで貰った「初瀬街道」版も参考にしたため、写真のタイトルに「(み歴マ 初瀬 29)」とある場合、「みえ歴史街道ウォーキングマップ初瀬街道の(29)」を示している。
徒歩で伊勢市駅へ着くと名古屋行き急行に乗り、伊勢中川駅で普通列車に乗り換えた。川合高岡駅は伊勢中川駅から一駅であるにも係わらずかなり遠く感じた。
9時15分頃に川合高岡駅スタートしたので、伊勢中川駅への10時到着を目標に歩き始めた。
駅前を左へ進むと次のY字路で右側の路地へ入った。
しばらく直進すると
波瀬川に架かる八太橋に到着する。
右手にはJR名松線の鉄橋が見え、のどかな雰囲気だ。
八太橋を渡り少しすると、左手に土塀が見えてくる。(み歴マ 初瀬)では漆喰がかなり剥がれ落ちたような写真が掲載されていたが、実際現在はしっかりと修復されていた。
こんな感じだ。
次は左折するのだが、何となく雰囲気のある建物のある角を曲がった。
その建物の壁には「元宿 角屋」とある。
左折後、突き当たりには
「元宿 三木屋」の木札が掛けられた小屋がある。ここを右折し
直進すると川合小学校の校庭の角にぶち当たる。
そこで右手を見ると校庭の外側にひっそりと二基の石物が見える。やはりこのルートで正解だ。
左側は、道標(み歴マ 初瀬 28)。
そして右側は、斑光寺跡石柱道標(み歴マ 初瀬 27)。
津市立川合小学校の校門の前まで進み、校庭を背にすると
前方はこの風景となる。ここを直進だ。
この先は「八太の七曲がり」と呼ばれるそうで、ラウンドしたクランクになっている。通り過ぎてからパチリ。
さらに進むと左手には伊勢自動車道がしっかりと見えてくる。
途中で、右手の路地へ入ると津市川合文化会館が建っていた。
道草を食いながらの先ほどの道路へ戻り直進すると
しばらくして伊勢自動車道と交差する。
自動車道はこのように。左方向は津方面だ。
信号が青に変わると横断歩道を渡り、伊勢自動車道の下をくぐった。その時見上げてパチリ。立派な構造物だ。一体いくらかかっているのだろう?
自動車道の高架をくぐり、さらに初瀬街道を直進すると
左手には広々とした雄大な景色が広がっている。
松本酒店を過ぎて、
さらに進むと
右手にはまちかど博物館が見えてきた。
これだ。でも、戸が閉まっていて入れなかった。まだ、9時前だから仕方ない。
マップ(み歴マ 初瀬 (3)宮古)に紹介されている片野神明神社(み歴マ 初瀬 25)へ向かう路地を探していたところ、社叢が見える場所なのでここを曲がった。
ところが、この道路沿いには右折路がなく、結局社叢の奥へ回り込む道路が最初の右折路だった。結局この角を曲がったために社叢のまわりを半周分ほどかなり大回りすることになった。
大回りをするとこの場所にでた。片野神明神社への参道入口の鳥居だ。
鳥居をくぐり参道を進むと幟を立てる石柱の右手に茶畑が広がっている。どうもこの辺は明治頃まではお茶の産地だったそうだ。
さらに進むとたくさんの人が参道を戻ってきた。それは氏子中が清掃活動を終えて帰路に着く様子だった。お疲れ様です。
しばらくの間、 私は自由気ままに当神社の雰囲気を楽しんだ。
社名額には「神明神社」とあり、通常は拝殿の引き戸には鍵がかかっているようだった。
また境内には「安永九年」の手水石があり、
周囲は民家に囲まれながらも鎮守の森の雰囲気が感じられる。
拝殿の横から境内をパチリ。
境内を後にしようとするとこの石柱に呼び止められた。「弘化三年」とある。
参道を戻ってくると、鳥居の先では氏子の方々が三方へとそれぞれ帰って行った。
来た道を逆方向へ進むと初瀬街道のこの場所に出た。ここからは片野神明神社の社叢が遠くに見えるが、この交差点からのアプローチがベター?(未確認であるが、もう一つ手前、この写真では左側から斜めに入る路地があるかもしれない。)
次に忘れ井を目指して進むと「虹が丘団地、天花寺工業団地へ」の案内板が建つ交差点を左方向へ進んだ。左奥に見えている『信号機』の足元近く
この辺の、右手には
「南無阿弥陀仏」と刻された石柱が建っている。
この後、細い道路をさらに進むとこんなところに信号機がある。対になる信号が見当たらないが、もしかすると先ほどの「虹が丘団地、天花寺工業団地へ」の交差点近くの信号機が対になるのだろうか?かなり長い距離だ。途中の民家の車はどうするのだろう???
この信号機を過ぎるとその先の交差点の手前には水路が流れている。これだ。
交差点を渡り、進むと右手には畑地が広がり、前方の左手には新生電子の敷地がある。
さらに進むと右手に水路、前方には高架の道路が見える。
高架をくぐると
右折となる。この道路だ。
右側の溝の石垣には「斎王のみち 初瀬街道」の立て札がある。
この先、蔵の前で道路幅が狭くなる。
さらに進むと道路幅が広がり交差点に出る。正面の家に近づくと
玄関先に道標が建っている。「斎宮御道? 忘井 従是 右凡二丁 左参宮道」
ここで右折して忘れ井へ向かった。
民家の間の細い路地を道なりに進むと
次の道標に出る。
ここにも道標がある。「右 忘井道 凡一丁」
ところが、この道標の左奥には「忘れ井」と書かれた木片があり、左を指していた。
右、左どちらを選択すべきか? 木片の方が現代に近そうだからここでは左を選択し、路地を進むと
その先にはここだ。周囲を見渡しても井戸らしいものはまったく見当たらない。
あの矢印は間違いか? と思いながら来た道を戻り、
先ほどの道標を右へ向かった。するとすぐに次の道標が建っている。「左 忘井道」
ここでは素直に左折し、道なりに進むとこの先で
視界が開けた。右手前方に案内板のようなものが見えたので近づくと
ここだ。ここが忘れ井。
こちらが井戸で
覗き込むと水面が見えた。
なお、井戸の脇には「恂子内親王御遺蹟 忘井之碑」が建っている。
忘れ井を見学していると地元の方が現れ、その方が毎日お参りしている近くの山神を教えてくれた。まさに、目と鼻の先。忘井之碑の後ろにあるフェンスの角だ。私もお参りした。
忘れ井を後にして土手方向へ向かい、土手から振り返ってパチリ。ここに来て初めて先に紹介した「忘れ井」と書かれた木片が左を指している理由が分かった。ただ、土手から忘れ井を見つけるのは大変だ。どこに見える?
その後、初瀬街道へ戻り、秋葉山大権現を探すために町の中の路地を行ったり来たりして、ついにこの場所にたどり着いた。
ここまで来て分かったのは、街道をさらに進み、民家が切れた角を右折すればこの場所にたどり着くこと。(次の写真の上方向からこちらへ向かうことになる)
こちらを正面と考えると、
これらは左手にある。
特徴的な石像をパチリ。火袋がない常夜燈。かなり古そうだが、建立年は?
こちらは石製の祠だろう。
また、周囲には多数の盃状穴が確認できる。
さらに、こちらの石製の祠は破損していて痛々しい。
秋葉山大権現から初瀬街道へ出て、振り返って秋葉山大権現をパチリ。この交差点からが一番の近道だ。
中村川の堤防へ向かうとその先は大きく右へ折れ曲がっている。なお、次の写真の右側へ続く道の角は
このようになっていて、縦長の案内板には「忘れ井」の薄れた文字がなんとか確認できた。
徒歩なので中村川の堤防へ上り
下流方向をパチリ。近鉄の特急列車が走って行った。
こちらは上流方向で前方に見えるのは小川橋だ。以前はこの辺に小川橋が架かっていたそうだが、主要道路の移動により橋も移動したのだろうか? そのため、初瀬街道はここで途切れ、小川橋へ迂回となった。
こちらが現在の小川橋。
小川橋を渡る途中で、中村川の下流方向をパチリ。自然堤防っぽい雰囲気だ。
この後は、初瀬街道から外れ伊勢中川駅を目指した。なぜかこのような地道を通ると
左手に踏切が見え、その手前を右折してしばらく歩くと
伊勢中川駅へ到着した。
これで本日のウォーミングアップが終了し、これからがメインイベントとなった。
【 20111113の記録 】
- 近鉄 お伊勢参りの独自オプション(川合高岡駅~伊勢中川駅)
- 近鉄 お伊勢参り 第八回 その1/2 近鉄 伊勢中川駅から忘井へ
- 近鉄 お伊勢参り 第八回 その2/2 忘井から近鉄 松阪駅へ