御塩焼固(2011年10月)

2011年10月09日(日) 御塩焼固(2011年10月) (車、徒歩)

10月5日には御塩殿神社において御塩殿祭が斎行され、次の新聞記事にもあるように隣の御塩殿では御塩の焼き固め作業が開始された。御塩焼固は10月5日から5日間での作業なので今日は最終日。

御塩焼固の朝日新聞記事(2011-10-06)

御塩焼固の朝日新聞記事(2011-10-06)

 

午前8時、御塩殿神社に到着した。まずは御塩殿神社に参拝してから御塩殿の様子を伺うと

御塩殿

御塩殿

前後の御扉が開かれ、

御塩焼固(御塩殿)

御塩焼固(御塩殿)

かまどの上には焼き固められた御塩が並んでいた。喜多井さんは作業中のようで、かまどにはまだ火が点いていなかったので、

御塩焼固(御塩殿)

御塩焼固(御塩殿)

私は御塩殿の裏手へ回り、 御塩汲入所、御塩焼所の様子を確認した。

御塩殿神社

御塩殿神社

特に変わった様子もなかったので、この時期だけ開けられている裏の扉から海岸へ出て、二見興玉神社、さらには堅田神社へと向かった。

御塩殿神社

御塩殿神社

 

二見興玉神社で台風15号で被害を受けた後の復旧を確認してから、堅田神社に参拝した。

 

堅田神社の由緒については「神宮要綱」に次の通り記載されており、御塩とは大きな関わりを有する摂社(皇大神宮)である。

奉祀の起源については、太神宮本記に垂仁天皇の二十五年倭姫命が皇大神を奉じて各地を巡りましゝ時、二見の濱に佐見都日女の奉迎して堅鹽を奉りしを、倭姫命の愛でまして堅多社を定め給へることを記せり。是れ二見の地より御料の御鹽を献進するの縁由なり。

 

夫婦岩表参道の途中から国道側へ出るとこの場所に出る。止まれの標識の先、そこが堅田神社の社叢だ。そして、民家の間に堅田神社の参道が見える。

堅田神社へ

堅田神社へ

注意しながら国道42号線を横断して、 堅田神社へ。

堅田神社

堅田神社

右手には堅田神社と刻された社標が建っている。

堅田神社

堅田神社

参道は突き当たりが右へと直角に曲がり、

堅田神社

堅田神社

その先に堅田神社が。

堅田神社

堅田神社

参拝を済ませ、神社全体の雰囲気を感じてから堅田神社を後にした。

堅田神社

堅田神社

 

そういえば御塩殿前の鳥居をくぐったままなので、一旦海岸側から御塩殿へ戻り、鳥居をくぐり返そうと思った。御塩殿に着くと喜多井さんが見学者の対応をされていた。お話が終了したので、その方に続いて私もお話を伺った。(概要はこんな感じ)

今日は最終日なので火を入れて焼き固める作業のみで、焼固のための三角錐の土器に荒塩を詰める作業は昨日で終了した。御塩焼固の作業手順としては、前日のうちに三角錐の土器に荒塩を詰めておき翌日に焼き固める。今日は最終日で明日がないため、荒塩を詰める作業がなく焼き固めの作業だけだ。
また、明日の朝8時半から9時頃にはこの2日間で焼き固められた御塩が辛櫃にて運び出される。現在は参道の先に停められた車で外宮まで護送される。

お話を伺った後、もう一度御塩をパチリ。

御塩焼固(御塩殿)

御塩焼固(御塩殿)

鳥居をくぐり返してから

御塩焼固(御塩殿)

御塩焼固(御塩殿)

御塩殿神社を後にした。

 

【 20111009の記録 】

 

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