新ブログサイト『神宮巡々3』開設のお知らせ

『神宮巡々』、『神宮巡々2』ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々3』を新設しました。
2014年〜2017年の記録は『神宮巡々2』を、最新の記録は『神宮巡々3』をご覧ください。 ( 2017年12月31日 【キタヰ】こと、桝屋善則 )

御薗神社(その後36)奉祝祭

2011年12月04日(日) 御薗神社(その後36)奉祝祭 (徒歩)

昨夜に斎行された遷座祭に続き、今朝の10時から奉祝祭が斎行されるため、御薗神社へ向かった。国旗掲揚台には「日の丸」が翻っていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

新しくなった手水舎で心身を清めた後

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

参道を進むと右手のテント下には御神酒の酒樽「白鷹」が置かれていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

鳥居をくぐり、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

拝殿へ進むと

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

本殿の御垣には装飾が施されていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

また、拝殿内の左前方には案の上に神饌が準備されていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

まだ定刻には時間があるためか、祭典のリハーサルや準備が進められていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

祓所には大幣と御塩が配置されていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

仮殿の右手から奥へ伸びる細い参道の先に御座す山神にも

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

御水、御塩、玉串が供されていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

山神から社務所まで戻ってくるとその前には手水が準備されていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

その後、境内の隅へ移動し、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

しばらく空を見上げていた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

その間、宮司は本殿にて準備を進め、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

他の神職は祓所にて修祓のリハーサル、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

さらには、拝殿にて献饌について指導しているように見えた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

定刻になると宮司、祭員一同が祓所へと参集した。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

まずは、修祓が執り行われた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

鳥居の外に待機していた氏子達(私も含めて)も大幣と御塩でお祓いを受けた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

修祓が終了すると宮司、祭員は拝殿へと参進した。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

宮司一拝に続き、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

宮司が本殿へ向かい

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

木階を上ると

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

御扉が開かれた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

次に献饌の儀となり、御饌が神前に供された。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

拝殿したの案から本殿まで、祭員と神職が手渡しで供された。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

献饌が終了すると

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

宮司が祝詞を奏上された。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

その後、玉串奉奠。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

専属のカメラマンが積極的に撮影されていたため、邪魔にならない(対向しない、かぶらない)ように注意したので、式の進行の詳細な部分を撮影することはできなかった。まぁ、私は趣味での撮影なので、制約はあたり前だ。

 

玉串奉奠が終了すると撤饌の儀となり、先ほど供された神饌が下げられた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

その後、宮司により

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

御扉が閉じられると

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

御鑰を手にした宮司は戻られた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

そして、御鑰は御扉の前に置かれた時代物の箱に納められた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

一通りの儀式が終了すると、宮司が奉祝祭の終了を宣し、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

御薗神社御造営委員会の会長がお礼を述べられた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

以上で、奉祝祭は終了し、宮司および神職が退下された。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

その後、御造営の関係者の集合写真を撮影していたので、私もパチリ。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

先ほどの白いテントの前には人だかりができていた。(手水舎の前からパチり)

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

 

みんなの視線が向かう先は

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

これだ。御神酒の樽の蓋を開けていた。今まで鏡開きとして板蓋を割るシーンを見たことはあるが、こんな治具で蓋を割らずに開けるのを見るのは初めてだった。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

神職も見入るとは、このような開け方は珍しいのだろうか?

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

蓋が開けられると奉祝祭に参加した祭員に振る舞われた後、参拝者にも振る舞われた。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

皆さんが盛り上がる中、

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

午後から高向大社のおわけ祭を見学に行く私は御薗神社を後にした。

奉祝祭(御薗神社)

奉祝祭(御薗神社)

【御薗神社の御造営までの記録】

 

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