2013年09月07日(土) 堅神神社から鳥羽市街へ (車、徒歩)
堅神神社にてお参りを終えると社域を出た。本日の次の目的地は近鉄中之郷駅から赤崎駅への途中にある鳥羽大庄屋かどや(旧広野家住宅)である。
近鉄池の浦駅に向かって右方向へ道なりに進めば国道42号に出るので歩き慣れた道だ。ただ、同じ道を歩くのも芸がないので今日は新しいルートを開拓することにした。ここで登場するのがスマホのナビ機能。
マップで確認したところ、ここを左へ進み、住宅街を抜けると伊勢志摩スカイラインの高架下をくぐって鳥羽市街へ出られるようだ。
方針が決定したので近鉄池の浦駅に向かって左方向(次の写真の下方向)へ歩き始めた。
すぐ、近鉄の高架をくぐると
その先、右手にはグラウンドがあり、楽器の練習音が聞こえていた。
ここは「鳥羽小学校」だった。
以前は鳥羽城趾にあったが校舎の老朽化を理由に2009年に移転した。この移転のおかげで鳥羽城趾の発掘調査が進んだ。
【参考】
かもめバス鳥羽小学校 バスのりばを右に見ながら通り過ぎると目の前には紙漉川に架かる西の辻橋が現れる。(国道42号に架かる橋も西の辻橋だ。同じ名前?)
西の辻橋を渡ると右手に道標が見えた。
近づいてパチリ。「左 あさま可たけ・・・」、左側の文字は?
道標の隣のお地蔵さんにお参りしてから元の道へ戻り、道なりに先へ進んだ。
民家の間を抜けると住宅街へ出た。左手には鳥羽商船高等専門学校のグラウンドが広がり、グラウンド隅の扉には次の注意書きが掛けられていた。
その近くにかもめバス屋内町 バスのりばがあった。
この道をさらに進むと右手に鳥羽池上簡易郵便局があった。
迷うことなくさらに直進するとこの先で
分岐(合流)となった。ここを右方向へ進むと伊勢志摩スカイラインの高架下へ出るはず。
Y字路を右方向へ進むとほどなく高架が現れた。これが伊勢志摩スカイラインだ。
高架下には地名板があった。「鳥羽二丁目14」
高架をくぐり抜けると・・・? 「あっ、見覚えがある車だ。」
「そうそう、第二伊勢道路 開通記念ウォークで堅神跨線橋から県道を見下ろした時に鳥羽方向へ走り去ったタンクローリーだ。多分そうだろう。でも、どんなルートを走って来たのだろうか」(興味深々)
路傍のお地蔵さんにお参りしてから先へ進んだ。
道は下り坂となり・・・。
数分歩いたところ見覚えがある場所に出た。「こんぴらさん」への分岐だ。(とは言ってもまだ「こんぴらさん」にお参りしたことがない。)
「こんぴらさん」も魅力的だが、本日の目的外なので次回のお楽しみに取っておくことにした。
ここでは右折せずにさらに道なりに進むと左手に賀多神社。
神社となると身体が勝手に動いてしまうので、例に漏れずお参りとなった。
こちらの神社には以前お参りしたことがあるので詳細についてはその記録を参考に。
【参考】
組立式能舞台を拝見したいのだが、なかなかその機会がない。
境内にてパノラマ、
拝殿前でもパノラマ、
拝殿にてお参りした。
賀多神社でのお参りを終えるとメインの道路から外れて路地へと入った。そこで振り返ってパチリ。
路地を抜けると往時を感じさせるような雰囲気の通りに出た。
昔は賑やかだったのだろう。
次の目的地を鳥羽大庄屋かどや(旧広野家住宅)に設定したはずだったが、この先に鳥羽みなとまち文学館を発見し、入館してしまった。鳥羽みなとまち文学館も存在は知っていたが入る機会をもてなかった場所だった。
【 20130907 の記録 】