金剛證寺 奥之院と神宮神田

2010年09月20日(月) 金剛證寺 奥之院と神宮神田 (車)
先日トレッキングシューズの先端がパックリと割れてしまい買い換えたので、足慣らしのために金剛證寺 奥之院へ向かった。その帰りに神宮神田に立ち寄ったため、本日のタイトルは「・・・と神宮神田」となった。

いつも通り、「ふれあい広場」の駐車場に車を駐め、朝熊岳道を登り始めた。

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊岳道

ケーブルカー跡に架かる橋を渡り、

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊峠に到着した。地上から山を見上げたときは全体が霞んでいたが、峠からの視界は良好だった。

朝熊岳道

朝熊岳道

朝熊峠から金剛證寺まではいつもは林道を歩いていたが、今回は先日始めて知ったトラバースルートを歩くことにした。峠から左手にある斜面に踏まれたルートが見える。ここを登り始めると反対側から登山者が下りてきた。このルートが正しいことを確信し朝熊岳頂上(八大龍王社)を目指した。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

途中、右手にあるアスファルト道への分岐が現れる。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

さらに進むと左側の所々で空が見える。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

ただ、倒木も多く、踏まれてはいるが注意が必要である。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

平坦なルートが続くが、二股の分岐が現れると右方向が頂上へのルートとなる。なお、左方向は急激に降下するので目標とするルートではないと判断しやすい。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

分岐点の木に注意を向けると、親切な人が木に巻きつけたビニルテープに道標を書いてくれている。右は山頂、左は二瀬橋(帰宅してから調べたら「二瀬橋道」があるそうだ。よって、こちらへ行くと下山コースとなる。)

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

荒れた斜面であるが、頂上はもうすぐそこにある雰囲気だ。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

幹の中が空洞となっている大木を過ぎ、

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

さらに上を目指すと、

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

いきなり視界が開ける。周辺の木々はことごとく切り倒されていた。(?)

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

倒木地帯を抜け、草をかき分けながら進むと、見慣れた風景に出会った。

朝熊峠から山頂へ

朝熊峠から山頂へ

八大龍王社の前で伊勢湾を見ながら水分補給した後、金剛證寺 奥之院を目指した。

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

朝熊岳山頂から伊勢湾を望む

八大龍王社の左手奥に小道があるので、そこを駆け下りて、アスファルト道へ合流した。(次の写真、右側が八大龍王社からの小道)

朝熊岳山頂から奥之院へ

朝熊岳山頂から奥之院へ

後は道標に従い、金剛證寺へ向かった。

朝熊岳山頂から奥之院へ

朝熊岳山頂から奥之院へ

朝熊岳山頂から奥之院へ

朝熊岳山頂から奥之院へ

斜面を下るとこの門(?)に出る。以前は鳥居と勘違いしたが、ここは神社じゃないからやはり山門なんだろう。

門をくぐり、振り返ってパチリ。

朝熊岳山頂から奥之院へ

朝熊岳山頂から奥之院へ

左手の斜面を進むと、突き当たりには本日の目的地「奥之院」への入口「極楽門」がある。

極楽門

極楽門

極楽門

極楽門

極楽門

極楽門

ただ、今日は工事中でこの門を通過することはできなかった。右手方向に迂回路があったので、そちらへと進んだ。

極楽門

極楽門

迂回路へ進むと、前方には巨大卒塔婆群が見える。

奥の院へ

奥の院へ

この卒塔婆の横を通り、本来の参道へと合流した。

奥の院へ

奥の院へ

一部を除き参道の左右には壁のように卒塔婆が並んでいる。このような風景が奥之院まで続くのだ。

奥の院へ

奥の院へ

左手の墓石の中には著名人のものがあり、案内板が立っている。

こちらは、九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆の五輪塔である。

九鬼嘉隆公の五輪塔

九鬼嘉隆公の五輪塔

九鬼嘉隆公の五輪塔

九鬼嘉隆公の五輪塔

九鬼嘉隆公の五輪塔

九鬼嘉隆公の五輪塔

まだまだ卒塔婆は続き、中には幅が8寸か9寸ほどのものがある。もしかすると一尺のものがあるかも知れない。最近の住宅に使われる柱とは比べ物にもならないほど立派だ。

奥の院へ

奥の院へ

振り返ってもこの風景である。工事中であったため左手前にパイロンが置かれているが、これと卒塔婆とを比較すると巨大さが実感できる。しかもこれらは板ではなく角材である、

奥の院へ

奥の院へ

さらに進むと、式年遷宮の再興に貢献した慶光院の墓所がある。そう言えば、11月9日から11日まで旧慶光院客殿(現、神宮祭主職舎)が特別公開される。

【参考情報】 11月9日〜11日 重文 旧慶光院客殿の特別公開について

慶光院 墓所

慶光院 墓所

慶光院 墓所

慶光院 墓所

その奥には小川頼重公の五輪塔がある。(小川頼重について私はよく知らないが、・・・)

小川頼重公の五輪塔

小川頼重公の五輪塔

小川頼重公の五輪塔

小川頼重公の五輪塔

やっと奥之院だ。と言っても極楽門から寄り道せずに歩いてくれば数分だろう。

奥之院

奥之院

奥之院

奥之院

門を入り、左手には、

奥之院

奥之院

右手には、多種多様な御地蔵さまが・・

奥之院

奥之院

奥之院

奥之院

次の立て札によると卒塔婆は6年経つとここに合祀されるとのこと。と言うことは七回忌、十三回忌で建て替えられる。つまり、卒塔婆を立てる敷地は6年レンタルか、なかなかうまい方法だ。(失敬)

奥之院

奥之院

奥之院の右手は視界が開け、

奥之院

奥之院

見晴らしが最も良い敷地の隅に、富士見台である茶屋があり、

奥之院(富士見台)

奥之院(富士見台)

さらに奥にはお堂がある。

奥之院

奥之院

奥之院を見学し、門を出ると、

奥之院から

奥之院から

門を出て右手(門を入る時は左手)に標石がある。

奥之院

奥之院

そこには龍池社近道と彫られている。龍池社に行ってみようと思ったが時間が無かったため今回は見送った。(帰宅してから龍池社を調べてみたが、分からなかった。龍池社とは何だ?)

龍池社近道の標石

龍池社近道の標石

この標石の裏側には、八大龍王近道と彫られている。これからこの近道を通って帰ろう。

八大龍王近道の標石

八大龍王近道の標石

極楽門前を過ぎ、斜面を下ると右手に芭蕉碑の立て札が見えた。石碑は句碑とは分からないほど劣化し、文字が判断できなくなっている。この札が無ければ誰もが通り過ごすだろう。ただ、よくこの句を解読できたものだ。

松尾芭蕉の句碑

松尾芭蕉の句碑

「はせを」と書いて「ばしょう」と読むのか? いろいろ調べてみたが、当時の読みは「はせを」かも知れない。

松尾芭蕉の句碑

松尾芭蕉の句碑

先ほどの山門から逆コースを辿り、朝熊峠へと向かった。

朝熊峠にある「宇治岳道と登山バス」の案内板が気になっていたので、改めてパチリ。宇治岳道をバスが通っていたなんて信じがたい。伊勢の人はすごいものだ。

宇治岳道の登山バス

宇治岳道の登山バス

宇治岳道の登山バス

宇治岳道の登山バス

朝熊峠で靴紐を締め直し、朝熊岳道を一気に駆け下りた。

朝熊峠から伊勢湾を望む

朝熊峠から伊勢湾を望む

朝熊峠から伊勢湾を望む

朝熊峠から伊勢湾を望む

朝熊峠から伊勢湾を望む

朝熊峠から伊勢湾を望む

下山後は、ふれあい広場を発車し神宮神田へ向かった。

今年の抜穂祭は平日であったため見学できなかった。せめてその後の神田を一目でも見ておこうと思い立ち寄ったのだ。

神宮神田

神宮神田

手前の稲は綺麗に刈られていた。藁が並べて干されているが、これらも祭で利用されるのだろう。

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田

神宮神田

奥の稲穂は品種が異なるのか、時期をずらしているのか? 天候に左右される中で大変だ。

神宮神田

神宮神田

本日は3時間コースを予定していたが、少し超過し、3時間10分で帰宅した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です