2013年02月17日(日) 祈年祭(外宮)奉幣の儀 (2013) (車、徒歩)
今日は大台町にある川添神社にて斎行される五身懸祭(ごみかけまつり)を拝観するため、宮川流域ルネッサンス協議会の流域案内人企画行事である「川添神社の奇祭・五身懸祭(ごみかけまつり)を見よう!!」に参加するが、神宮の祈年祭を拝観しない訳にはいかない。
祈年祭は「としごいのまつり」とも呼ばれ今年の豊作を祈願する祭典だ。年(稲)の収穫に感謝し天照大神に新穀をお供えする神嘗祭がゴールなら祈年祭は年(稲)を基本として祭典が続けられる神宮にとっては一年のスタートであり、ある意味お正月のようなものではないだろうか?
外宮では朝7時に祈年祭 奉幣の儀が斎行されるため、五身懸祭には十分間に合う。神宮の祈年祭も川添神社の五身懸祭もと欲張ってしまった私はまずは早朝の外宮へ向かった。
外宮への到着が遅れたため、表参道へは廻らずに北御門口の手水舎で心身を清めてから北御門参道を進んだ。そして、最近外宮での撮影時の定位置としている別宮遥拝所の脇で待機していた。
しばらくすると奉幣の儀の参進開始を告げる報鼓が鳴らされ、
目の前を通過すると
板垣南御門へと吸い込まれた。
表参道第二鳥居ではすでに修祓が終わったようで、修祓の様子を撮影していたプレスの一群が走ってきた。
そして私の目の前を瞬時に走り過ぎ、
板垣南御門の前に建つ蕃塀脇へと移動した。それは、修祓を終えて御正宮へ向かう参進の列を正面から撮影するためだ。
いつもプレスは大変だ。撮影箇所は優遇されるが、逆に制限もあるし撮影結果が自らの生活に係わってくるのだから・・・。私なんてお気楽だ。シャッターチャンスを逃そうが、ピントがずれてようが誰にも文句は言われない。ただ、プロカメラマンのように一枚の写真の中に思いやストーリーを表現できるようになりたいとは思うのだが、いつになることやら。
プレスの通過で雑念が沸き起こっていたが、遠くに参進が見え始めて我に返った。
修祓を終えて第二鳥居を出発した参進は
神楽殿前を過ぎ、
四至神の前、
そして、別宮遥拝所の前へと近づき、
私の目の前を通りすぎると板垣南御門へと向かった。
参進の最後尾から少し離れた位置に参拝者が続いていたので、私もそれに続いた。
参進が外玉垣南御門から中へ入るとしばらくは参拝が停止された。そして参拝の準備(賽銭を受ける場所の準備)整うと参拝が再開された。私は外玉垣に張り付くと、天皇陛下からの幣帛が内玉垣南御門から瑞垣へと運び込まれる場面から最後の玉串奉奠まで一時間余りをその場で過ごした。凍てつくような寒さに震えながらも祭典を楽しんだ。私の回りでも多数の人から鼻をすする音が聞こえた。こんなにじっくりと祈年祭 奉幣の儀を拝観するのは初めてか?
奉幣の儀は粛々と進められ、終盤では、勅使、祭主、大宮司、少宮司・・・による玉串奉奠が続き、最後の神職が案へと向かう頃、私は板垣南御門から外へ出た。
そして蕃塀の右手にて待機していると
勅使を先頭に・・・
祭主一行は退下となり、
勅使、大宮司等は多賀宮へと向かった。
私は一時帰宅してから大台町へ向かうため、北御門参道を戻った。