2010年11月13日(土) 木造船みずきでの船参宮気分 (徒歩、船)
10月31日に 御塩道を辿った 時、二軒茶屋餅の裏手にある川の駅 二軒茶屋で木造船みずきのダイヤを見た。
あれから2週間。待ち遠しかった。今日は曇っていたがみずきに乗りたい気持ちが勝ち、徒歩で自宅を出発した。到着したのは海の駅 神社。ここから二軒茶屋を経由し河崎までの乗船となる。
出発は9時30分だったが、9時前に着いたため海の駅にパンフレットを頂きに寄ったところ、近くにある「みなとまち館(資料館)」も見学させていただけた。その後出発時刻まで神社港(かみやしろこう)の近辺を散策した。この様子は別の記録でお伝えすることとし、ここでは、木造船みずきでの船参宮体験を。
なお、当時の船参宮では二軒茶屋で下船し外宮へと向かったそうだが、みずきでは河崎まで行けるので終点である河崎まで乗船した。
木造船みずきは、NPO法人 神社みなとまち再生グループ が運営しており、4月から11月まで毎週土曜日に一往復だけ運航されている。もう少し遅かったら来年の4月までお預けとなってしまうところだった。ただし、チャーターでも利用できるようで、その場合はこのシーズンを外れても乗船できるとのことだった。因みに雪が降る日に船を出したこともあるそうだ。
駅舎から浮き桟橋へ向かうと、
木造のデッキの向こうに木造船みずきが停泊している。
これが「みずき」。建造から5年が経過し、かなり風格がでている。木造船は10年ほどが寿命だそうだ。手入れが大変で船底には貝が付くだけでなく、木を食べる虫も付くので定期的に駆除する必要があるそうだ。ただし、FRP船と較べると重いため安定性がある。
神社から河崎までの乗船料500円を支払い乗船となった。
桟橋から後退し、船首を勢田川上流へ向け、出発した。ちなみに動力は人力の櫓漕ぎではない。船外機が付いていた。この船は20人乗りなので、櫓を漕いで進めるためには4人の漕ぎ手はいるそうだ。今回の乗客は私一人であったので、船外機が現実解だろう。
みずきはゆったりと安定した状態で、水面を滑るように進んだ。
防潮水門をくぐった。水門の脇の道路はジョギングのルートの一つなので時々走っているが、その下を交差するのは何か不思議な気分だ。
防潮水門を過ぎると一気に川幅が広がる。湖のように・・・。
今日のみずきは、船尾で操縦に一人、船首には説明に一人と計二名の方が運航していた。乗客は一人なので贅沢な旅だ。説明してくれる方は本船ことや勢田川沿岸のことなどいろいろな情報を伝えてくれた。
船の手入れの話になると、この場所を見ながら「季節に寄っては板のつなぎ目が開いてくるので塩水をかける。水では腐るのでダメだ。」とも。FRP船ならまったく気にしなくていいことも木造船には通用しない。手のかかり具合からすると木造船は生きているようだ。
話が盛り上がる中、みずきは国道23号線にかかる勢田川橋をくぐっていた。急いで振り向いてパチリ。
安定した走りだ。右手にある牟山中臣神社を過ぎ、
阿竹の渡し跡がある勢田大橋をくぐると、
前方に、橘神社の社叢とその右手に川の駅 二軒茶屋が見えてくる。
もうすぐ、二軒茶屋だ。
ここで5分間の待ち時間があったが、みずきに乗っていたかったので、下船せずずっと乗ったままだった。
今は私ひとりだけの空間となっていた。
出発時刻になると7名ほどが乗船してきた。お客さんが増えてよかった。
川の駅 二軒茶屋を出て、順調に滑るように走った。
屋根の裏側を見ると丁寧に仕上げられている。
しばらくすると右手にガスのタンクが見えてくる。勢田川はこの辺から左へ大きく曲がる。
風が少し吹いてきたのでパチリ。
この辺の川筋はかなり蛇行している。
そろそろ手綱が準備されると、
川の駅 河崎が近づいてきた。
ここ、この妻入りの建物。これが川の駅 河崎だ。
ここで下船し、みずきとお別れとなった。
この先も勢田川は続くは、みずきはここで折り返して行く。
川の駅 河崎の前には、二種類の案内板が立っている。
この看板にはさらに上流方面に「小田橋」の文字がある。船上での説明では、以前は大湊を含め四つの駅があったが、今は大湊は利用していないので、神社・二軒茶屋・河崎の三つになったと。小田橋は? 新たな疑問が。次の調査項目だ。
駅を通り抜けると、
こちらへ出る。
河崎は古いまちなみを守っている。今日はこの後伊勢河崎商人館を見学した。