2011年02月17日(木) 祈年祭(外宮)奉幣の儀 (車、徒歩)
神宮の最新情報 に祈年祭(きねんさい)の斎行が紹介されていた。
祈年祭は「としごいのまつり」とも呼ばれ、春の耕作始めの時期にあたり、五穀の豊穣をお祈りするお祭です。
祭典は、まず大御神にお食事をお供えする大御饌(おおみけ)の儀が行われ、続いて天皇陛下のお使いである勅使(ちょくし)により幣帛(へいはく)が奉られる奉幣(ほうへい)の儀が行われます。・外宮 奉幣の儀 2月17日(木) 7:00
・内宮 大御饌の儀 2月17日(木) 11:00
・内宮 奉幣の儀 2月17日(木) 14:00※以上の祭儀は参道等から拝観することができます。なお、外宮の大御饌の儀は夜間参拝停止時間中につき拝観できません。
今日は平日なので、早朝に実施される外宮での奉幣の儀のみを拝観することにした。久々に神宮関連の記事だ。
6時半頃に外宮へ到着し、手水舎で心身を清めてから北御門参道を進み、忌火屋殿の前で御酒殿を遥拝した。
さらに大庭の前で四至神に参拝した。この時間帯では参拝者は少ないが、中でもカメラを携えた人が割と多かった。私の用に奉幣の儀を拝観、撮影する目的の人が多かったのだろう。
御正宮に参拝した後、蕃塀の左脇で撮影場所を確保しようと立ち止まっていたら、衛士に「報道の方ですか?」と問われた。どうもこの場所はプレス専用のスペースだった。素直に指示された場所へと移動した。
この場所で15分ほど待っていると、
「ドン、ドン、・・・」と報鼓がやって来た。
報鼓が通り過ぎてしばらくすると、衛士の先導で参進だ。
幣帛が納められた辛櫃に続き、勅使、さらには祭主である池田厚子さん。
その後ろに、大宮司、少宮司が続く。さらにその後ろには多数の神職が・・・。
今日は多賀宮の祭儀を拝観する時間がないため、先に参拝した。
多賀宮では御正宮に引き続き、奉幣の儀が斎行されるため既に準備が整っていた。
賽銭箱が定位置から右手へ移動され、
社殿の手前には、
金物で飾られた辛櫃が置かれていた。
祭儀の様子を想像しながらしばらくこの場所で物思いに耽っていた。
私がここにいる間に数名の参拝客がやって来た。
多賀宮を後にして石階を下ると前方には土宮が、
右手には風宮が見える。
石階を下りきり、土宮を右手に見ながら
下御井神社へ向かった。
覆屋の屋根にはまだ多くの残雪があった。この場所は谷筋で陽が射さないのだろう。
続いて、土宮、
風宮の順に参拝した。
ここは風宮の社殿の後ろ側。参道からパチリ。
御正宮へ戻ってきて30~40分ほど奉幣の儀を拝観していたが、そろそろ終了する気配があったため板垣の南御門(鳥居)の外で待機することとした。
外宮は内宮と異なり、祭儀の途中でも市井のざわめきが聞こえる。今日も目を閉じていると、カラスの泣く声、救急車のサイレン、近くの学校で早朝練習に励む野球少年の声などが祭儀の楽とともに聞こえてきた。目を開けて空を見上げると飛行機も。
御正宮での祭儀が終了し、
勅使、祭主、大宮司、少宮司、神職が御正宮を出て、別宮遥拝所の前で列が二手に分かれた。
一方は多賀宮へ参進を続け、他方の祭主を先頭とする列は斎館へ退下された。
多賀宮への参進を三石のところからパチリ、パチリ。
他方は大庭の前を通り過ぎ、
表参道の第二鳥居を通過し斎館へ。
私はこれから仕事なので北御門参道で駐車場へ向かおうとしたところ、御正宮の板垣の東御門から大庭を歩いてくる神職が目に入った。胸元には金色に光るものが。もしかして御扉を開けるための御匙御鑰かな?(事実は?)
この神職の後を追うように私も参道を急いだ。神職はこの先を右へ曲がり、多分斎館へと向かったのだろう。
私は外宮の駐車場から会社へ向かった。今日は良い事がありそうだ。