2011年06月12日(日) JRさわやかウォーキング その4/5 伊射波神社 (徒歩、電車、徒歩)
赤崎神社から伊射波神社へ にて安楽島舞台がある安楽島バス停までやってきた。
バス停の近くには、満留山神社例祭、伊射波神社例祭の案内板がある。
安楽島舞台の前を通り過ぎて、
その左へ進むと、そこには手作り感たっぷりの案内板がある。志摩国 一の宮 伊射波神社のものだ。「道のりは1.3km 、徒歩20分」、一の宮にしては奥まった場所にあるものだ。
思ったよりアプローチが長いのに驚きながらも先を目指した。
紫陽花を右手に見ながら右へカーブする坂道を上ると
細い分岐の坂道が右手に見えた。右側は社叢のようだ。帰りに余裕があれば寄ってみよう。まずは伊射波神社。
坂道を上りきると今度は下りだ。
旅館かめやの前を通りすぎると左折の案内がある。
ここから先は民家がなくなるが、路面はコンクリート舗装されている。
がむしゃらに歩くと
所々に「右一之宮」の道標が現れる。道に迷うことはないのでとにかく先へ進んだ。
途中で海が見えることも。
その先には歩行者向けの近道の案内板があったので、それに従い右のルートを選択した。
ここだ。多分、車道ができる前はこの道が一の宮への唯一のルートだったのだろう。
この道も数十mで車道へ合流した。
さらに、歩くと
右側に茶畑が現れた。
茶畑を過ぎて坂道を下ると前方には海が・・・
浜辺だ。この先は岬になっている。ここが加布良古崎だろうか?
さらに先へ進むと
「一の宮参道 鳥居をくぐってお参り下さい=>」とある。
また、その左手にはこの案内板があり、この先は「荷揚車道」と「参拝者道」の2種類の道があることが分かる。
参道は一度海へ下るようだ。
鳥居の場所まで下ると、これだ。鳥居の左側には「式内 伊射波神社」の社標がある。
鳥居の前からさらに下るとここ。ここで振り返ると、
海が広がっている。鳥居はこの海に面して建っているのだ。
ここからは鳥居をくぐると急な上りとなる。
鳥居をくぐろうとすると、気になる石を見つけた。
この石、多数の小さな穴が空いている。
鳥居をくぐるとその先はこんな感じ。かなり急な石の階段だ。
途中で振り返り、パチリ。
かなり上るとさらに鳥居が現れる。
この鳥居をくぐるとその先に「伊射波神社」が御座す。
まずは手水社で心身を清め、
隣に建つ拝殿へ向った。
拝殿には赤い毛氈が敷かれた休憩用の椅子(台?)があった。
参拝を終えると、拝殿内を見学し、
伊射波神社の縁起等が記されたパンフレットをいただいた。
拝殿を出て、境内を散策していると鬼瓦を発見した。
これは現在、籠堂となっている場所に建っていた建物の屋根にあったもので、本殿の社紋(?)と同じ紋が付けられているとのこと。確かに本殿にも同じ紋が付いている。
さらに、岬の先へ向う道があるようで、「領有神(うしはくがみ)の道」の案内板がある。
ここまで来たら、この先へ行かない理由はない。早速、領有神へ向った。左手に本殿が見える。
さらに進むと数分で
到着した。
こちらが、領有神(うしはくがみ)。石神さまだ。
さらにその奥には、「加布良古崎」の木標が建っていた。
海が見える場所を探し、領有神(うしはくがみ)を回る歩道を進むと、一ヶ所だけあった。そこにはしめ縄が掛けられており、特別な空間となっていた。後から地元の方に聞いたところ、ここから初日の出が拝めるとのことだった。
加布良古崎を後にすると伊射波神社へ戻り、
鳥羽駅を目指す帰路へと着いた。帰りは荷揚車道を下った。
急な坂道だ。ちなみに、この車道は平成13年の伊射波神社 式年遷宮のために付けられたそうだ。
先ほどの浜辺へ戻ると、小船とシーカヤックが見えた。
【 20110612の記録 】