2011年12月30日(金) お伊勢さん125社、外宮めぐり (徒歩)
勢田川の下流から源流へを終えて自宅へ帰る途中、お伊勢さん125社外宮めぐりを実施した。
御木本道路を伊勢自動車道の伊勢西インターチェンジから外宮方向へ歩いた。
先ほど遡上方向を迷った丸山橋を渡ると朝川沿いに上流方向へ進むと右手に田上大水神社が御座す。
石段したからパチリ。この丘は「丸山さん」とも呼ばれる古墳で、車塚一号墳だそうだ。
石段を上ると社殿に強い日差しが当たっていた。
ここには、田上大水神社は別に田上大水御前神社の社殿も同一の御垣内に建てられている。
手前右側、東を向いているのは田上大水御前神社で、奥にあり南面しているのが田上大水神社だ。
参拝を終えると石段を下り、山末神社へ向かった。
途中で振り向いて田上大水神社の社叢をパチリ。
山末神社の前まで来ると向かいのフェンスには神宮司庁による注意書きが貼られ、その奥の広場には切り揃えられた御用材が積まれていた。
注意書きを背に山末神社へ向かった。
お参りで二拝する際に、次の石(?)を目にした。穴が空いていて珍しいのでパチリ。見つけてみては?
参拝を終えてパチリ。
山末神社を後にした。
外宮宮域に沿って外宮方面へ進むと左手に度会大国玉比賣神社ほかへの入口がある。
参道を進み、
右手の石段の上には度会大国玉比賣神社。
こちらでお参りして、
左後方を遠望すると石段の上に伊我理神社。
早速にその石段を上り、
伊我理神社(井中神社を同座)にお参りした。
そして、空を見上げてパチリ。
参拝を終えて神域を出ると、
左前方に「史跡 舊豊宮崎文庫」がある。
桜の木の枝が土塀の瓦を押し崩していた。
ズームでパチリ。強烈だ。
せんぐう館を左に見ながら外宮の表参道口へ進み、
火除橋へ向かうと、初詣と間違うほどの行列だった。(後で衛士に聞いたところ、宗教団体の(御垣内)参拝で、5000人以上)
行列は火除橋から・・・・ 御正宮まで。
私は手水舎で心身を清めてから、せんぐう館を確認した後参道へ戻った。第一鳥居、第二鳥居をくぐった後、パチリ。
まずは、四至神にお参りした。
先日、準備していた御垣の出口の前を通り、
【参考】 年越し、初詣の準備(外宮)
御正宮の前へ来ると先ほどの団体がこの通り。列は表参道にまだまだ続いていた。
私も御正宮に参拝してから蕃塀の前でパチリ。かがり火が準備されていた。
別宮への参道を進み、先の石段を登り、
多賀宮の手前で寝地蔵石をパチリ。
多賀宮にお参りしてからパチリ。
石段を下り、左手奥の沢筋に御座す下御井神社へお参り。
続いて土宮、
さらに、風宮の奥にある内宮遥拝所および
風宮でお参り。
参道を戻り、別宮遥拝所付近でパチリ。
神札授与所付近へ戻ってきたら、先ほどの団体の列はまだまだ続いている。すさまじい人数だ。
今度は表参道ではなく、北御門参道を進んだ。この途中にもかがり火が準備されていた。
そして、御酒殿神にはここで遥拝。
さらに進み鳥居をくぐると御厩に笑智(えみとも)号の姿があった。パチリ。
今日は時間が足りなくなってきたので、この先の大津神社、度会国御神社にはここから遥拝した。
火除橋を渡り、北御門口へ出て振り返ってパチリ。大かがり火の準備は万端のようだ。
外宮を後にして、神路通を歩き、
突き当たりの月夜見宮へ向かった。
手水舎で心身を清めた後、月夜見宮、
高河原神社に参拝した。
ここでもかがり火が準備されていた。
月夜見宮での参拝を最後に、本日の「お伊勢さん125社、外宮めぐり」は終了した。
【 20111230の記録 】
- 勢田川の下流から源流へ
→ 御食神社 - お伊勢さん125社、外宮めぐり
→ 式年遷宮記念 せんぐう館 20111230 - 須原大社
- 御薗神社