2013年11月24日(日) 地元の方々の尽力で復活した三瀬の渡し 動画あり (車、徒歩)
熊野古道体験ツアー 三瀬の渡しから瀧原宮に参加した最大の目的は三瀬の渡しを体験すること。
三瀬の渡しは、「倭姫命が御杖代として天照大御神ご鎮座の地を求めて宮川を遡上した際、急な流れの瀬に困っていた。そこで真奈胡神(まなごのかみ)が倭姫命一行をお渡しした。命はその地に真奈胡神をまつる御瀬社(みせのやしろ)をお定めした。それが現在の皇大神宮摂社 多岐原神社である。」
次のサイトでも紹介されているように
【参考】
伊勢方面から舟で味噌やたまりなどの物資を運び込み、三瀬の渡し場に荷揚げ をして飯南・粥見方面へと運んだとされます。大台町下三瀬から大紀町三瀬川を繋ぐ渡し舟は、熊野古道を往く旅人や地元住民の重要な交通手段であったが、江 戸中期を最盛期に大正期には衰退し、昭和30年代に姿を消しました。その後、熊野古道の世界遺産登録を受け、地元住民の間から、渡し場の復活を願う声が挙 がり復活しました。
「三瀬の渡し」は2010年に復活された。これは大台町ふるさと案内人の会が地元と協力して実現したとのこと。現在では下三瀬区の有志住民らによる「三瀬の渡し保存会」が運営管理してくれている。
先の記事でも紹介したように、実は三年前(2010年)にも流域案内人企画行事「熊野古道伊勢路を歩く!」で三瀬の渡しを渡る機会があったのだが、その時は前日の大雨で中止になってしまった。あれから約3年間、この日が来るのを心待ちにしていたのだった。
【参考】
- 10月10日 熊野古道伊勢路を歩く! (宮川流域エコミュージアム行事予定2010)
- 宮川・上條の渡し (その日の 私の記録)
今日は大台町下三瀬から大紀町三瀬川へと宮川を渡った。熊野古道体験ツアー 三瀬の渡しから瀧原宮の途中で紀勢自動車道の高架をくぐり先へ進むと道路から外れて右手の敷地へ入った。そこには細い道が・・・。
その先にはこの説明板が建てられていた。
この説明板は以前(何年前かは?)の増水で宮川の河口(伊勢市)まで流され奇跡的にも最近発見されたものだそうだ。増水当時には宮川の途中のどこかに留まっていたものが最近になって・・・。これがその説明板の全景。当時の形状を崩すことなくこのままの形で見つかったそうだ。
傷があるとすれば説明板のこの場所だけか? 何と奇跡的なことだろう!
この話を聞いて、ネット検索したところ宮川の下流でこの案内板を見かけていた人がいた。こちらだ。
【参考】 トレりんさんのブログから三つの記事
- 三瀬の渡し??? – Trail Walkerのブログ – Yahoo!ブログ
- 待宵の月 – Trail Walkerのブログ – Yahoo!ブログ
- 三瀬の渡しの看板が戻った – Trail Walkerのブログ – Yahoo!ブログ
案内板を過ぎると道は一気に下り。
こんなところに舟が置かれていた。川面からはかなり高度がある。増水で流されないための対策なのだろうか?
下りの途中にベンチがあったので
右手を望むと先ほどくぐってきた紀勢自動車道の高架が見える。
皆さんから遅れないように急いで下ると
すでに渡しが開始されていた。
【動画】 三瀬の渡し(宮川)
(1分08秒 3.3MByte)
渡し舟を管理運営されているのは地元下三瀬の皆さんだ。(感謝)
【動画】 三瀬の渡し(宮川)
(1分51秒 6.3MByte)
そして私も渡しに乗せていただける番がめぐってきた。3年間のおもいを込めて渡し舟に足を踏み入れた。お願いします。
【動画】 三瀬の渡し(宮川)、舟の上から
(1分02秒 3.5MByte)
動画を撮りながらも下流側をパチリ、
さらに上流側をパチリ。
そして前方もパチリ。動画もスチルも欲張ってしまった。
あっという間に到着。
この渡しがないと船木橋経由となり熊野古道伊勢路はかなり大回りとなる。
【参考】
「三瀬の渡し保存会」の皆さんに感謝だ。「ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。」
全員が渡り終えると「大台町ふるさと案内人の会」の上野進さんからこの渡しに関する説明があった。青い色で白い筋が入った石で何度か盛り上がった・・(参加者にしかわからない)。
説明が終了すると 先ほど紹介した真奈胡神を御祭神としてお祀りするお伊勢さん125社のひとつ、多岐原神社へ向かった。
途中で振り返ると三瀬の渡しに再訪を約した。
【 20131124 の記録 】
- 米山新田(伊勢市円座町)
- 常夜燈(度会町坂井)
- 「國束寺観音道 二十二丁」の道標(度会町坂井)
- 浄保法師五輪塔(多気町相鹿瀬)
- 三瀬谷神社(大台町佐原)
- 熊野古道体験ツアー 三瀬の渡しから瀧原宮
→ 地元の方々の尽力で復活した三瀬の渡し 動画あり
→ 紅葉の瀧原宮